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「そんなに悩んでたのか?」
金曜日の放課後、職員室の菅の元を訪ねて小さく折りたたんだ部活動希望調査の用紙を手渡すと、菅は少し癖のある黒髪をかきあげながら、片眉を吊り上げて言った。まあ、はいと曖昧な返事をすると、菅はふーんと相槌をうつ。
「それじゃあ、私はこれで失礼します」
職員室に来たのはそれを渡すためだけだ。もうここに用事はない。軽く頭を下げて体を反転させると、菅の何時もより覇気のある声が琴を呼び止める。
「待て待て。話は終わってないぞ」
開いた紙を眺めながらそう言った菅は、ホームルームや授業中のかったるそうな感じとは少し違う。入学から五日目にして、初めて担任の真面目な表情を見た気がした。琴は自分のことを不真面目でも生真面目でもないと思っているが、ある程度の常識と良識がない人間は苦手だ。だから生徒という立場で見ると、恐らくまだ三十代前半であろう見た目の若さも手伝って、菅のことを教員としては些か不真面目に感じていたのだ。そんな菅に真面目な声色で呼び止められては、何だか悪いことをしてしまったように感じてしまう。琴は少しだけ困った表情で、再び菅と向き合った。
「お前、一色に野球部に勧誘されてたのはどうしたんだ?」
「……知っていたんですか」
「この前一色に言われたんだよ。お前が野球部じゃない部活書いてきたら俺からも推せってな。俺も無理には勧めないけど、どちらかというと部活推奨派だから。この部活に決めた理由ぐらい聞いておこうかな」
顔の前に突き出された紙には、小さな字で「家庭科部」と書いてある。この学校の家庭科部は、所謂帰宅部だ。活動は学期に一度か二度しかないし、それにさえ参加しない生徒もいないと聞く。しかし、それはどの帰宅部にも言えることだ。その中であえて家庭科部を選んだ理由。そう問われても、わざわざ菅が気に掛けるほどの理由などなく、琴は返事に困ってしまう。
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