第3話

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「失礼しました」 控え目に、しかしきちんと菅に届くような大きさの声で言って頭を下げる。そしてドアを閉めるために腕に力を入れようとすると、後ろから声がかかる。 「あの、入ります」 「え? あっすみません。どうぞ」  振り返ると、そこには琴と同じくらい真っ黒な髪をポニーテールにしている、大人びていて真面目そうな女子生徒がいた。思わず閉めかけていたドアを開いて頭を下げると、三年生の指定色であるモスグリーンのサンダルが目に入る。 「(三年生だ)」 「ありがとう」  眉を下げて困ったように笑う表情が印象的で、思わず職員室に入っていく後ろ姿を見つめる。すると、ドアを閉めるために振り返った女子生徒と視線が合う。 「私が閉めるから良いよ」 「はい」  手を離すと、ゆっくりとドアが閉まって、女子生徒が見えなくなる。自分と変わらない一六〇に満たない背丈に、同じくらい真っ黒な髪。長さは自分の方が短くて、少し硬そうだ。琴は自分の髪の毛を一房掴んでため息をついた。先ほどの表情が脳裏にちらつく。一挙一動がやわらかい綿のように優しく見えて、琴が思い描く理想の女の子像をそのまま人間にしたような印象だった。 「(羨ましいな)」  何と言う名前なのだろうか。琴にとってその女子生徒は気になる存在となっていた。もう一度女子生徒を見たい気もしたが、待ち伏せていてはただの変人だ。琴は諦めて昇降口に向かおうと歩き始めた。  スマートフォンを片手に時間を確認すると、ホームルームが終わってから三〇分経過していることに気付いた。職員室に入る前は騒がしかった校内も、人が疎らになってきている。特に第一校舎は特別教室しかないせいか、教師と、職員室に用がある生徒以外はほぼ人影が無い。廊下に聞こえるのは、少し離れた体育館や、グランドで活動している部活動の掛け声。そして少しの足音だけ。窓の向こう側に広がる空は少しだけオレンジ色に染まり始めている。暗くなる前に帰ろう。琴は予め撮っておいたバス停の時刻表を見るため、再び画面に視線を落とした。
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