夏の王様(社会人五年目:七月)

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 会場の裏手にある、海の見えるオープンカフェまで足を運び、店内をぐるりと見渡しせば、海から一番近い席に晃の姿を見つけた。 (いた……)  氷が溶けかかったグラスの前で腕を組んだまま、動く様子がない。近づいてみて、眠っているのだとわかった。 (寝てんのかよ……)  緊張していた肩の力を緩め、向かいの席にそっと腰掛ける。  目を閉じているだけなのではと思う程に静かに眠る晃の寝顔を見つめながらふと、二棟並んだ古いアパートで暮らしていた幼少時代を思い出す。  隣の棟に住む晃が自分の世話を焼くようになって、暇さえあれば晃の部屋に入り浸っていた頃、遊びに行くと晃は大抵寝ていた。ベッドなんて洒落た物など無い。床に敷いたせんべい布団で寝ている晃の隣に自分も転がり、マンガを読んだりそのうち一緒に眠ったり、自由気ままに過ごしていた。 (そういやこいつ、昔からイビキひとつかかなかったな)  久しぶりに目にする晃の寝顔を数秒間見つめた後、起こさずに戻ろうと決めて立ち上がりかけた時、晃の瞼がゆっくりと開いた。  目の前の俺をみて、驚いたように二回、ゆっくりと瞬きを繰り返した晃が何だか可笑しくて、ほんの少し笑ってしまった。 「こんな所で熟睡かよ、疲れ過ぎじゃねえの」 「……俺は幻覚を見ているのか」 「はは、アホか、なわけねぇだろ……そこで完治に会ってさ、俺も大会に出るんだよ」 「お前が? 誰と」 「ハル」  軽く頭を振った後、ああ、と小さく頷く晃は、やっぱりいつもの晃じゃない。 キレも何もあったもんじゃねえなと、少し心配になった。 「ハルは、元気か」 「まあ元気だな。晃は? 骨の調子はどうだよ」 「あんなもん、あっという間に治った」 「そか」  会話の間もじっと俺の目を真っ直ぐに見つめ続ける晃の視線に耐え切れなくなり、テーブルの上に置かれた晃の左手へと視線を落とす。  日に焼けた大きな手が、妙に懐かしく思えた。 「晃は出ないの、大会」 「俺が出るわけねぇだろ……折角の仕事休みにこんな所まで拉致られるし、散々だ」 「何で拉致」 「俺を連れて行けば女がついてくるってさ」 「ぶはっ、バカだな、完治か」 「しかいねぇだろ」  ほんと成長しない奴だよなと笑った後、晃がぽつりと呟いた。 「ここでお前の顔が見れるとは思わなかった」  目を細めて、口角をほんの少し引き上げる。 (あ……)  昔から見てきたままの、晃の表情。  それだけの事が、何だかほっとして……俺は小さく息を吐いた。
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