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今日も今日とて、その少年の習慣に変わりはなかった。
窪地にいるであろう逃げ遅れた魚でも見ようとして、少年は混乱した。
自分の名前は確かにトレールであり、産まれてこの方十年、村と町以外に行ったことはない。
まして、車やら、電車やら、飛行機などといったものは名も知らなかったし、見覚えも聞き覚えもないのに、鮮明にそういったものが頭に浮かんでくる。
見たことも無い綺麗な鏡の記憶、そこには大人の男がたっていて、間抜け顔で歯を磨いている。
問題は、視点がその男の目であり、会ったこともないこの男が、何故か自分であるという確信と、名を知っている事にあった。
男の名前は魚住 正。
そう、知らないこの記憶と言えばよいか、知識と呼べばいいのか、兎に角、男は確か二十四の若さで、車にひき殺されたのであった。
トレールの意識はそこでとぎれた。
代わりに、魚住 正が、覚醒したのである。
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