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午後七時、オフィスに残ってる人はちらほらとしか見えない。
今日は現場直行の人が多いみたいだ。
「樫くん、ちょっと時間ある?」
何となく作業に気が乗らなくて、背後で鬼のような勢いでキーボードを叩いている後輩に、振り返らずに声をかけた。
「なんです?今日結構忙しいんであんまり……」
カタカタカタカタ、とキーボードの音を止めないまま、樫くんが答える。
「前約束したラーメンまだ行ってなかったから、奢るけど……」
「行きます行きます」
食い気味なセリフのあと、タンッ!と小気味よい音。多分 " enter " を押したんだろう。
「どこ行きます?」
「んーと、向かい側の歩道橋の前の店、今ならそんな混んでないかなって」
「あ~いいっすね~」
そんな事を話しながらオフィスの入口に向かう。
と、目の端に入った光景に足が止まった。
上原さんの机、随分片付いたな……
「あー、来週からでしたっけ、役員室側に移るの」
後ろを歩いていた樫くんも立ち止まり、ボソッと言った。
今まで部署のリーダーとして同じ部屋で働いていた上原さんは、この春の昇進に伴いデスクが役員室に移動になる。
連日、仕事の合間を縫って身の回りの整理をしているらしかった。
てっきり色々と雑用を手伝わされるかと思ったが、意外と一人でコツコツやってるっぽい。
「別に、他の会社行くわけじゃないんだから、何が変わるってわけでもないんだけどね」
そう言うと、樫くんもなにか思うところがあるのか、寂しそうに笑った。
「そうですね……」
色々な記憶と想いが募るデスクを横目に見つつ、再び並んで歩き出した。
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