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「はい、つけ麺おまちどおっ!」
カウンター越しに、ドンッと目の前に置かれた丼に、視覚と嗅覚が一気に刺激された。
「わ、やっばぁ」
樫くんが歓声を上げてしまう気持ちも分かる。
「全部載せにしなくてよかったの?」
「正直したかったですけど……それやったら満足して今日このまま家に直帰しちゃいそうなんで、やめときます……」
箸に手を伸ばしながら樫くんが首を横に振った。
「あーあるよね……そういう時」
私も同じく箸を取る。
「……」
「……」
人間本当に美味しいものを目の前にするとしばらく無言になる。
「うま……」
言葉を発するために口を開いたのは、結局完食してからだった。
「ごちそうさまでした」
のれんをくぐるなり頭を下げる樫くんに、いやいやと手を横にふる。
「最近色々助けてもらってばっかだったのに、全然こちらからはお返しできてなかったからさ……」
「いや、助けになったと思ってくれてるなら、それが嬉しいんで」
樫くんのニカッと笑う顔を見て、安心のため息が出る。
背中越しに車のライトが左右に行き来しているのが見えて、まるで樫くんの笑顔が輝いているかのようだ。
「ホント……助けてもらってばっかだよ。
……ねえ、上原さんに何か言ってくれたって本当?」
「あー……」
急にバツが悪そうな顔になった樫くん。
歩道橋の階段を登りながら、頭をかく後ろ姿。
「別に、大したことは言ってないんですけど……まあ」
珍しく語尾を濁すな……。
「一体何の話をしてたの?」
気になって階段を上がる速さを上げて、樫くんを追い抜かし、その顔を覗き込んだ。
私の方が一段高い段に立ったため、ほぼ目線が同じくらいだ。
「あ……、いや……」
樫くんが目を泳がせる。
「ちょっと、危ないんでとりあえず階段上りきってください。話しますから」
背中をポンと軽く押され、苦笑いされた。
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