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俺の語調が変わったからだろう。
上原さんがようやく手を止めてゆっくりと顔を上げた。
うう……目がこわい。でもこうなったらもう、引き下がるわけにはいかない。
「上原さんが篠村さんを可愛がって、色々期待されているのはわかりますよ。
闇雲に色んな雑用をさせているわけじゃなくて、先々のために何かお考えがあって彼女に色々な指示をしているんだろうなということも。
でも上原さんは……あんまり余計なことは言いませんよね。余計どころか信頼している人に対しては特に言葉が少ないと思いますよ。
いくら本人の為にプラスになることがあったとしても、その意図に気が付かなかったら、ただ忙しいだけの毎日にうんざりしますし、もしもっといい環境があればそちらに移ろうかな……と悩むこともあるんじゃないですか」
それこそ調子に乗って一気にまくしたてた。上司に言うようなセリフじゃないことは充分分かっている。上原さんはデスクの上で手を組むとじっと俺の顔を見上げて聞いていた。
しばらくの沈黙の後、はあ……と深いため息が聞こえた。
「……一体何が理由でそんなことお前が言うかわからないし、追求しようとも思わないけどな。
相手の為になると思っても、それを本人が気づけない、感じられないなら口に出したところで押し付けがましいだけなんだよ。それどころか枷になることだってある。
自分で見て、判断したものを比較した上で、本人がもっと自分にとっていいものを見つけるなら、俺にそれを止める権利はないんだ……。そうだろ?」
最後の一言は片方の口の端を上げて自嘲的に笑っていた。
「……そうやって、物分りがいいようなことばっかり言ってたら、また大事なものがどっかいっちゃいますよ……」
意趣返しのつもりでそう言った。
上原さんは苦笑いして首を横に振った。
「どうもお前には、いつも余計なことをつい話しすぎるな……。
まあ……覚えておく」
これで話はおしまいとばかりに、キーボードが三度鳴り出した。
「……僕もです」
頭を下げ、その場を後にした。
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