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「姫香は俺が斬る。失せろ」
ゆっくり刀を抜き放ち、十夜はふりむきもせずに後方の男たちに言った。
そう言われるのを待っていたかのように、黒狐族の男たちが刀を鞘に納めて踵を返し、宵闇に溶けるように駆け去っていった。
「何をしている?立ちあえ、姫香」
切っ先を路上に向けて、悄然とうなだれている姫香を見て、十夜が苛立ったように眉根を寄せた。
姫香はのろのろと顔をあげて、十夜を見た。
刀を正眼にかまえ、十夜は促すように姫香をみつめている。
苛立ちを孕んだ瞳が「早くしろ」と告げていた。
闘うのが当然だというような十夜の顔つきに、姫香は出自をけなされた時以上に悲しくなった。
「……なんで、十夜と闘わなきゃならないのさ…………」
刀を握る手をだらりとさげたまま、姫香は胸の潰れそうな思いで言葉を絞り出した。
十夜の眉が、ぴくりとはねる。
切れ長の瞳がいっそう激しい憎悪を帯びて、鋭く光った。
「ーー自分の胸に訊いてみろ」
低い、押し殺した声音には、どす黒い怒りがこめられていた。
「僕、何かした?十夜を怒らせるようなこと、何かした?だったら、謝るよ!お詫びに何でもする。だから……」
おずおずと言いつのる姫香の台詞を、十夜が苛立たし気に遮った。
「謝るだと?謝って済むと思うのか!?おまえの甘っちょろい考えにはヘドが出る」
憎々し気に吐き捨てて、十夜はチャキッと刀をかまえ直した。
「何でもするというなら、立ちあえ。おまえは……おまえだけは、俺が斬る!!」
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