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キィン!
横から躍り出た華奢な人影が、十夜の斬撃を猛然と薙ぎ払った。
「何やってんだよ、バカッ!!」
凛と闇を裂いた怒声は、姫香に向けられたものなのか、十夜に向けられたものなのか。
軽やかに路上に降り立ち、姫香を背に庇って白刃をかまえたのは……
「紗雪……!」
姫香は、驚いて長い睫をしばたたいた。
「ふん、おいでなすったな」
十夜は、侮蔑のこもった眼差しを紗雪と姫香に投げた。
「姫香をつつくと紗雪が出てくる。昔からいつもそうだ。進歩のねぇ奴らだな」
「どういうつもりだ、十夜!?」
可憐な美貌に激しい怒りをたぎらせて、紗雪はきつい瞳で十夜を睨みつけた。
「いや、どんな事情があろうと姫香に手を出す奴は俺が赦さねぇ。たとえおまえでも、姫香を傷つける奴は俺が斬る!」
「紗雪……」
ズタズタに傷ついていた心が、ふわりと癒されていくのを姫香は感じていた。
紗雪の細い背中が、やけに頼もしく感じられる。
ふだんは姫香を邪険に扱い、憎まれ口ばかり叩いているが、誰よりも姫香を大切に思い、さり気なく庇ってくれていることを姫香は知っていた。
十夜に剥き出しの殺意をぶつけられた時とは違った意味で、目頭が熱くなる。
「〈白〉の紗雪。おまえに俺が斬れるのか?」
切れ長の瞳を挑発的にきらめかせて、十夜は無理やり作ったような微笑を口の端(は)に浮かべた。
「言ったはずだぜ。姫香に手を出す奴は俺が赦さねぇと。おまえがこいつを狙うなら、容赦なく斬り捨てる」
涼し気な瞳に炎のような闘志を燃やして、紗雪はチャキッと刀を正眼にかまえた。
(紗雪、十夜……!)
にわかに冷や水を浴びせられたような心地になり、姫香は声にならない悲鳴をあげて立ちすくんだ。
紗雪の腕は、姫香が誰よりもよく知っている。
手練れ揃いの白狐族の剣士の中でも、紗雪は凛に継ぐナンバー2の強さを誇っていた。
立ちあえば、紗雪が勝つだろう。
十夜が紗雪に斬られるなんて、いやだった。
そんなことは、絶対に耐えられない。
紗雪と十夜を較べたら、むろん、紗雪の方が百万倍大事だ。
でも、十夜も大切な昔の仲間、十夜が殺されるなんて、姫香には耐えられなかった。
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