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「十夜を殺さないで、紗雪!」
すがるような眼差しを紗雪の背中に向けて、姫香は叫んだ。
「あ?何寝ぼけたこと言ってんだよ」
不機嫌さを全開にした表情で、紗雪がふり返る。
姫香は、ひしっと紗雪のシャツの裾をつかんだ。
「嘘だよね、十夜を斬るなんて……十夜は僕らの仲間なんだから……」
呆れたようにじろりと姫香をねめつけて紗雪が何か言いかけた時、十夜の冷やかな声がふたりの耳朶を打った。
「紗雪。おまえの腕は知っている。俺もバカじゃない。姫香を斬る前にやられちゃかなわねぇからな。今日のところは退(ひ)いておく」
紗雪と姫香は、ハッとして同時に十夜を見た。
細身の後ろ姿が、たちまち夜の帳(とばり)に紛れていく。
「待ちやがれっ!!」
紗雪が声を荒げたが、後の祭りだった。
「チッ……!」
低く舌打ちして、紗雪は流れるような所作で刀を鞘に納めた。
「大丈夫か」
ふりむいて姫香にかけた言葉は、精神的に大丈夫か、という意味だろう。
怪我がないのは、見ればわかる。
「ふぇ……」
緊張の糸が切れた途端、大粒の涙が姫香の目からこぼれ落ちた。
「だーっ!男が泣くんじゃねぇよっ!!」
紗雪がくわっと目を剥いて、姫香をねめつける。
「……だって……ぐずっ……ふぇ……」
胸にあふれる複雑な哀しみをもてあまし、姫香はガバッと紗雪に抱きついた。
薄い胸に顔を埋めて、ひっくひっくと泣きじゃくる。
紗雪はため息をついて、片手で姫香の体を抱きしめ、くしゃっと髪を撫でた。
姫香が泣いている間、紗雪は何も言わず、ずっと髪を撫でてくれた。
ようやく涙が乾いてくると、まだしゃくりあげながら、姫香は紗雪の胸から身を離した。
「……十夜……なんで……」
なかなか泣きやまない姫香を見て、紗雪は「ちょっと待ってろ」とどこかへ行き、すぐに戻ってきた。
「ほら」
紙袋に入った温かいものが、差し出される。
「肉まん。そこのコンビニで買ってきた。好きだろ、おまえ」
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