106人が本棚に入れています
本棚に追加
食欲をそそるいい匂いが、姫香の鼻孔をくすぐる。
ちょうど、小腹の空く頃だ。
姫香は、肉まんに目がない。
(ふわぁ……肉まん!!)
姫香はひったくるように紙袋を受け取り、湯気の立つ肉まんをふーふー息を吹きかけながら食べ始めた。
紗雪のような例外を除いて、妖狐は総じて猫舌だ。
(あつっ……でも、おいしいよう❤しあわせ❤)
片手に紙袋を抱え、姫香は夢中になって肉まんを頬ばった。
ふと気がついて、紗雪にも紙袋を差し出す。
「はひ、はふきにもはげる。はふきもらへて(はい、紗雪にもあげる。紗雪も食べて)」
「っていうか、俺が買ってきたんだし」
シビアな表情でつっこんで、紗雪も肉まんをひとつ手に取る。
車道を行き交う車のテールランプを眺めながら、ふたりは肉まんに舌鼓を打った。
熱々の肉まんが、体と心をほっこりほぐしてくれた。
いつの間にか、涙はとまっていた。
「……そう言えばさぁ……」
3つめの肉まんをかじりながら、姫香はふと昔のことを思い出した。
「初めて紗雪に逢った日も、肉まん食べたよね、ふたりで……」
「あ?そうだっけ?」
紗雪は、すっかり忘れているようだった。
「忘れたの!?僕にあんな酷いことしといて!」
肉まんにかぶりついたまま、姫香は上目遣いに紗雪を見た。
長い睫越しに、促すように紗雪をじっとみつめる。
「あ?何かしたか、俺?」
紗雪は、キョトンと姫香をみつめ返した。
(か、完全に忘れてる……)
恨みがましい眼差しで、姫香はじと~っと紗雪をみつめた。
紗雪は、竹を割ったような性格だ。
サバサバしていて、過ぎたことにはこだわらない。
終わったことはすぐ忘れるので、人を恨んだり憎んだりすることもなかった。
そんな紗雪に、9年も前のことを覚えていろという方が、どだい無理な話だった。
最初のコメントを投稿しよう!