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「ふぅん、忘れちゃったんだぁ……じゃあ、僕が思い出させてあげるね」
紫色の薄闇に長く尾を引くテールランプに目をやって、姫香は肉まんをかじりながら話し始めた…………
あれは、しんしんと雪が降る寒い朝。
姫香は、剣の師である剣狐に連れられて、寮の部屋に向かっていた。
今日からここで剣士の卵として修業を積むことになり、割り当てられた部屋に案内してもらうところだった。
基本的に、寮は二人部屋だという。
「姫香。おまえの相部屋の相手は紗雪といって、おまえより二つ年上の子。この道場では一番の遣い手だ。ぶっきらぼうで口は悪いが、根はいい子じゃ。年も近いし、すぐ仲良くなれるだろう」
屈強な体躯の剣狐は、長い廊下を歩きながら、肩をゆすって豪快に笑った。
「はい、先生」
目をキラキラさせて、姫香は元気いっぱいに応えた。
新しい環境への期待で、胸がわくわくしていた。
白い頬がうっすらと上気し、ふわふわのシッポが元気に左右に揺れている。
(さゆき、か……どんな人だろう)
「さゆき」のことをあれこれ想像し、期待ばかりがふくらんでいった。
ギシギシ軋む階段を昇り、2階の奥まったドアの前で剣狐は足をとめた。
ノックしてから「紗雪、わしじゃ」と声をかけてドアを開ける。
ドアが開いた瞬間に、姫香はぴょこんと頭をさげた。
「姫香だ。今日からおまえとここで暮らす。よろしくな」
それだけ言って、姫香の背中をポンと叩き、剣狐は部屋を出ていった。
姫香は、顔をあげて紗雪を見た。
その目が、大きく見開かれる。
(ふわぁ……!!)
想像していたよりもずっと広くて立派な部屋に、華奢な白狐族の少年がぽつんと佇んでいた。
ひと目で姫香は、少年のたぐい稀な美貌に心を奪われた。
天使のような……いや、天使にしてはずいぶん目つきがきつい、薔薇の妖精のような……いや、薔薇の妖精にしてはかなり生意気そうな、浮世離れした美貌の少年が、姫香をじっとみつめていた。
(きれい……!!きれい……!!)
シッポを揺らしてトテテテッと駆け寄り、姫香は紗雪にぺたぺたさわり始めた。
自分でも、無意識の行動だった。
(きれい……!!きれい……!!)
姫香が夢中になって紗雪にぺたぺたさわっていると、突然、紗雪が姫香のシッポを思い切り引っ張った。
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