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耳年増で人間界のことにも精通している姫香は、彼女たちの会話の意味がしっかりわかってしまい、真っ赤になってうつむいた。
再びちらりと紗雪を見ると、紗雪は何も気づかぬ様子で熟慮に耽っている。
やがて、電車は最寄りの駅に着き、ふたりは改札を抜けてマンションへの道を歩いた。
「ねぇ、紗雪……」
姫香は、ためらいがちに紗雪に話しかけた。
「ん……?」
紗雪は相変わらず何事か考えこみながら、生返事を返した。
長い睫にけぶった切れ長の瞳は、自分の足もとをみつめている。
「見間違いじゃないよね?確かに十夜だったよね?」
人違いであってくれたら……!
そんな淡い期待も、次の瞬間にあっさり打ち砕かれた。
「十夜だ。間違いねぇ」
「ん……じゃあさ、十夜のクローンってことないよね?あっ、十夜そっくりのアンドロイドとか!」
懸命に現実逃避を謀る姫香に、紗雪が鋭い眼差しを向けた。
「おまえ、十夜に恨まれるようなこと、何かしたか?」
姫香は唾を呑み込んで、ふるふると首をふった。
「本当に身に覚えがねぇのか?」
鋭い眼差しで姫香を射すくめたまま、紗雪が重ねて訊く。
「ないよ、そんなの。あるわけないじゃん」
ひたむきな眼差しで紗雪をみつめ、姫香は叫ぶように言った。
小さくため息をついて、紗雪は「……だよな」とつぶやいた。
それからまたしばらく、ふたりは黙って歩いた。
「……きしょう、何なんだよ、十夜の奴……姫香にあの石を使ったこともねぇしよ……」
闇の彼方に視線を馳せて、紗雪は独りごちた。
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