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「あの石……?」
姫香は、きょとっと紗雪をみつめた。
「あ、何でもねぇ」
なぜか紗雪はあわてた様子で、うろたえ気味に顔をそむけた。
左の耳が、ぴくっと動く。
嘘をつく時、紗雪は左耳が動くのだ。
しかし、それよりも、今は気になることがあった。
「あのさ……十夜のこと、凛に報告するの?」
上目遣いに紗雪を見あげて、姫香はおずおずと切り出した。
凛は、同じマンションで暮らす白狐族のA班のリーダーだ。
何かあった場合、凛に報告しなければならない。
それが重要な事柄なら、なおさらだ。
「ん……」
紗雪は闇の彼方を見据えたまま、可憐な唇をとがらせた。
珍しく、迷っている様子だった。
姫香は、夢中で紗雪の前にまわりこんだ。
「お願い、紗雪、凛には黙ってて!」
必死に紗雪の目をみつめて、姫香は顔の前で両手をあわせた。
凛から、各班のリーダーに報告がいけば、十夜は裏切り者として白狐族の剣士全員に狙われることになる。
いかに十夜が遣い手でも、白狐族全体を敵にまわせば無事では済まないだろう。
「十夜が〈黒〉に寝返ったなんて、何かの間違いだよ!今度逢ったら、僕が説得するから!お願い、凛には言わないで!!」
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