106人が本棚に入れています
本棚に追加
「へぇ、覚えていたんだ、俺のこと」
形のいい唇に、十夜は皮肉気な微笑を刻んだ。
「昔は3歩歩くと何でも忘れる鳥頭だったくせに……妖狐界きってのバカも、少しは進歩したんだな」
射抜くように姫香を見据える切れ長の瞳には、相変わらず激しい憎悪が燃えていた。
しかし、姫香は戸惑うよりも先に懐かしさでいっぱいになり、十夜のもとへ駆け出した。
目に見えぬ障壁に阻まれたかのように、ふいにその足がとまる。
十夜の肢体から凄まじい殺気が迸り、ビリッと姫香の体を打ったのだ。
「……十夜……?」
困惑気味に瞳を揺らし、姫香は附に落ちない思いで十夜をみつめた。
この時になって初めて、十夜の瞳に宿る激しい憎悪が自分に向けられていることに気づいた。
先ほどの十夜の台詞が、脳裏に甦る。
『おまえたちに姫香の相手は無理だ。こいつは俺が斬る』
「十夜っ!?どうしちゃったのさっ!!僕だよ、姫香だよ!!忘れたのっ!?」
激しい混乱に揺さぶられて、姫香は叫んだ。
ある仮説が、脳裏に閃く。
「〈黒〉の奴らに脅されてるの!?大事な人を人質にとられてるの!?そうなんでしょ、十夜!?」
必死に十夜の目をみつめて、姫香は言いつのった。
十夜は、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「相変わらず、キャンキャンうるさいな、おまえは。その声、ホント、耳障り。どんな汚い血が混じってるんだか……」
眼差しに険を孕んだまま、十夜は底意地の悪い嘲笑を口の端(は)に刻んだ。
「十夜……!」
姫香は、傷ついた表情で立ちすくんだ。
姫香は、純粋な白狐族じゃない。
14になっても声変わりしないのは、そのせいだ。
瞳の色からシルバーフォックスとのハーフらしいと言われているが、本当の素性は姫香自身にもわからない。
明るく無邪気な性格ゆえ、それを気にしたことはなかったが、こんな風に昔の仲間にけなされると、やはりショックだった。
最初のコメントを投稿しよう!