森の都

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直垂の男と、日和をのせた馬は寝殿造の屋敷の前に止まった。 日和は促されるまま、中へ行った。 中に入ると、あっという間に世界が変わった。 左側には、なんとも大きな池があり、星を写していた。シンとした空気。風が木の葉をなでる音。 静かで落ち着く空間がそこにあった。 やがて、正面の寝殿から簀子を勢いよく人影が通ったかと思うと、日和の目の前に走って来た。 日和は暗がりの中走って来たのが誰なのかを確認した。 竜胆(りんどう)色の十二単をまとった。可愛らしい女性が涙目で日和に叱咤した。 「どこに行っておられたのですか? この瑠璃花(るりはな)、どれだけ心配したことか。」 瑠璃花は、日和をまっすぐ見ている。 「これ、瑠璃花。照月姫が困っておるではないか。」 寝殿の簀子から優しい声がした。 「でも、舞花(まいはな)殿…」 「きっと、照月姫にも何か事情がおありなのだ… さぁ、そこは冷えましょう。お上がりください。」 日和は言われるがままに簀子の上に上がった。 優しい声の主は、 「よくぞ、お帰りくださいました。」 と一礼した。 顔を上げた舞花を見て、日和は驚いた。 「花雅先輩?」 日和は叫んだ。葉月に瓜二つなのだ。 一方、舞花は訳のわからない言葉を発した日和をキョトンとした表情で見ていた。 だが、何事もなかった様にニコリと笑うと、 「変わった着物をお召しですこと、すぐにいつもお召しになっているものを用意させましょう。こちらへ…」 といい、東の対まで案内された。 女御が一人現れ、日和を着替えさせる。 日和は楓紅葉の袿を着せられたが、一歩一歩が遅くなるほど重かった。 さらに、白粉(おしろい)も、これでもかというくらい塗りたくられた。 日和の身支度を全て整えた女御は、自分の部屋に戻って行った。 ●簀子(すのこ) 外に面した、廊下のこと。 ●寝殿(しんでん) 寝殿造の中央に位置する、建物のこと。主の部屋だけでなく、客間としても使われていた。 ●東の対(ひがしのつい) 屋敷の女御が住んでいた部屋。 ● 袿(うちぎ) 十二単の一番上に羽織る服。
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