森の都

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寝殿に着くと、白地に白鷺(しらさぎ)柄の狩衣を着た男の前に通された。 隣りには、舞花が座った。 「よくぞ、ご無事で日和どの。 私は安倍春明と申します。」 冷ややかな声で春明が言う。 白い肌に、平成では女性に好まれる顔をしていた。 「なぜ。私のことを知っておるのですか」 日和は驚きはしたが、堂々と返した。 「私があなた様に使いを送りました。 しかし、途中でいなくなられたと聞き、こちらまで迎えに参りました。」 「よくこちらにいると、お分かりになりましたね。」 と舞花が言う。 「照月姫がなにやらおかしな姿のまま、屋敷まで連れて行かれた と申す者がおりまして、もしやと思い、こちらに伺いました。」 そう言って、春明は黄色から赤色になりかけた紅葉の葉を日和に渡した。 日和はとりあえず、紅葉を手のひらにのせたまま、話しを聞く。 「それで舞花殿、日和殿を私の屋敷で預からせていただけないだろうか。」 春明は淡々と言った。 「私には、判断できませぬ。ここの主である 雅行(まさゆき)様からの許しが必要です。 しかし、日和殿もあの噂があっては、肩身の狭い思いをなされる。」 舞花は、困ったようにいう。 「ほぅ、噂とはどのような噂にございすか」 と春明は言いながら、 目線を日和の手のひらから舞花の目に写した。 「はい。照月姫に鬼が取り憑いておるという噂にございます。」 舞花は少し声を小さくして答えた。 「それはかえって好都合ですな。」 春明はたくらみ笑いをした。 「いいですか、この春明がこちらの屋敷に赴いたのは、照月姫様に憑いた鬼を祓うためとお伝えください。」 「して、照月姫様はまだ危険な状態なので、しばらくこの春明がお預かりいたすと 雅行殿にお伝えくだされ」 「それは妙案ですこと。ではさっそく準備を…」 舞花はそういうと、寝殿を出て日和に渡すための着替えなどを取りにいった。 寝殿では、日和と春明 二人だけになった。 ●狩衣(かりぎぬ) 貴族の一般着。色や柄は禁色でなければ自由であった。
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