森の都

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「日和様、到着いたしました。」 いつのまにか熟睡していた日和は白菊の声で目覚めた。 「こちらが、我が主の安倍春明様の屋敷にございます。」 白菊はそう言うと日和に一礼し、牛車から降りるための踏み台を用意した。 日和が牛車から降りると、白菊は牛車をなおしに行った。 「お待ちしておりました。日和様。」 小さくなる牛車を見つめていた日和の背後から突然声がした。 びっくりして振り返ると、 そこには、少し小柄な女性が立っていた。 いつの間に現れたのだろう。 日和がそんなことを思っていると 「本日から、日和様の身の回りのお世話させていただきます。 樒(みつ)と申します。なにとぞよろしくお願いします。」 と丁寧に挨拶をした。 「こちらこそ、よろしくお願いします。」と日和も一礼した。 「さぁ、こちらへ。」 樒が屋敷に案内した。 「日和様は、北の対(きたのつい)のお部屋をお使いくださるよう、春明様に言づかっております。」 「北の対って…。正妻が住む所なんじゃないんですか?私が住んでもよろしいのですか。」 日和は思わず、平成の言葉で言った。 「はい。春明様には、正妻がおりませぬゆえ、安心してお使いください。」 しかし、樒にはちゃんと言葉が通じていた。 「はい。では、遠慮なく使わせていただきます。樒さんは、どこの部屋にいるの?」 試しにもう一度現代語で話してみる。 「樒と呼んでください。 私は東の対に住んでおりますが、普段は日和様のお近くにおりますので、いつでもなんなりとお申し付けください。」 樒は普通に返した。 言葉が通じている! 日和は不思議に思い、樒にたずねた。 「樒はなぜ、私の時代の言葉が通じるの?」 樒は、日和の質問に初めは驚いた表情をみせたが、何か思い当たる節があるのか、にこりと笑い日和の質問に答えた。 「私は実は式神にございます。 式神は花や虫など人の姿をしていない者に、呪(しゅ)を施すことで、この様に人の姿を与えられるのです。」 さらに、樒は話を続けた。 「私は、春明様によって人の姿を与えられた蜜蜂なのです。 私たち花や虫には、言葉というのがございませんゆえ、気持ちの様なものを誰かが伝えようとするとどのような言葉でも分かるのでございます。」
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