森の都

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樒は何を言っているのだろうか。 自分は実は蜜蜂で、春明によって、人の姿に変えられたと言っているが、全く日和には理解できなかった。 何かの冗談だろうか… だが、樒は真剣に話している。 日和はまたも、この時代についていけなかった。 確かに、大学でも平安時代の世の中の考えの勉強で、この時代には鬼や式神、陰陽師の存在があることは知っていたが、 いざ、受け入れるには少し無理があった。 そうこうしているうちに、北の対に着いた。北の対は日和が想像していたより、広かった。 御簾と格子(こうし)でつくられた壁、燈台(どうだい)に灯された明かり。 薄暗く、やわらかな光に包まれた部屋は日和をほっとさせた。 「お気に召されましたか。」 御簾に触れる日和を見て、樒が声をかけた。 「この部屋、私が本当に使っていいの?」 今度は座り込み、燈台を眺めながら聞いた。 「お気に召されなら、なによりですわ。」 樒が本当に嬉しそうに微笑むのをみて、樒が式神だというのもどうでもよくなった。 「春明にお礼を言わなきゃ。今どこにいるの?」 日和が樒に問う。 「春明様は、只今書物をご覧になっておいでです。しばらく、誰も通すなとのことです。」 樒は申し訳なさそうに言った。 「そう、じゃあ仕方ないか。明日にしよ。」 日和はそう言うと樒に微笑んだ。 「他に何もなければ私はこれにて 」 と言い、部屋から出て行った。 一人になった日和はしばらく座っていたが、やがて簀子に出てみた。 “この時代はゆっくりと時間が流れてる” そう呟きながら日和は背伸びをした。外には様々な木々や花があり、ぼんやりとした月明かりに照らされていた。 日和は簀子に座り、しばらく景色を眺めることにした。 こんなに、自然の美しさにふれたのは何年振りか… 日和の幼い頃に住んでた家には、すぐ近くに畑や山、小川があった。 そうなると、遊び相手は自然だった。山の木々を登ったり、葉や木の実を拾ったり、小川のあらゆる生き物を捕まえてみたり… それから、日和には幼い頃から不思議な力があった。
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