森の都

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それは、日和が六歳の時だった。 学校が終わり、家に帰ると すぐにお気に入りの木の所に遊びに行くのが日課だった。 深緑の森の中でひときは大きなズミの木ー 五月半ばになると、白く美しい花を無数に咲かせ、秋には赤く可愛らしい小さな実をつけた。 日和はそのズミの木に登り、花を摘んでは自分の髪飾りにしたり、赤い実を摘んではままごとをした。 そんなある日、日和は初めてズミの木に話しかけた。 小学校の先生に木や花も生き物であると教えられたからだ。 「こんにちは、今日も遊びに来たよ。」 そういうと、優しくズミの木の幹をなでた。すると、ズミの木はさわさわと葉を振るわせ返事をした。 日和の顔がぱぁーと明るくなった。ズミの木と話せたようで嬉しかったのだ。 今考えると、単に風がそっと葉をなでただけだったのかもしれないが、当時の日和はズミの木は話しが出来ると信じていた。 不思議なことに、ズミの木と話しだしてから数ヶ月すると、全ての植物が話しかけると返事をした。 さらに、日和には植物の伝えたいことが伝わるようになっていた。 なんとなくだが分かるのだ。 両親にこの不思議なことを話してみたが、良かったね~、すごいね~と子供のたわ言にしか思っていなかった。 しかし、父の兄である叔父さんだけが唯一、日和の不思議な力を信じていた。 「日和すごいぞ~。叔父さんにもそんな力はないのに。大事になくさないようにするんだよ。」 と大人ながらにきらきらした目で真剣に話されたのを思い出した。 やがて、小学校を卒業してすぐ、父が転勤することになり、住み慣れた田舎を出ていかなければならなくなった。 日和は最後にあのズミの木に挨拶をしに行った。 「バイバイ。また会いにくるから。」涙ながらに言うと、地面から四本分かれて伸ている幹のうち、真ん中の幹に抱きついた。 ざわざわといつもより強い風が吹き、葉が大きく揺れた。 その揺れからか、一枚の葉が地面に落ちた。 “その葉を持って行きなさい。きっと、あなたのこと護ります。” ズミの木が日和の心に話しかけた。 その声は寂しげで、どこか決意したような声だった。 日和はそのまま数十分ズミの木に抱きつき、涙が枯れると都会へと向かった。
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