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桜が芽吹き出した並木道。
日和は、自然の移ろいにも
気づかずにいつもの帰宅時間を
過ごしていた。
水梨日和(みずなし ひより)は、
去年大学を卒業したが就職難からしばらく無職だったが、このままではいけないと地元のレストランにパートとして入った。
初めは、新しいことの連続で
大変だったが、なぜか充実していた。
しかし、慣れてくると毎日の忙しさが繰り返されるだけの同じ日々を過ごしているような気になり、なんとも憂鬱だった。
そんな日和にも
一日の楽しみがある。
それは、帰宅途中に焼きたてパンを買い、それを食べながら帰ることだ。
この日は、チーズパンを
食べながら帰っていた。
いつもの桜並木の道の途中には、木と木の間にベンチがあり、老夫婦が桜の新芽を見て、もうすぐ春が来ると話していた。
そんな光景は日和には関係無く、ただただチーズパンを食べながら帰るだけで風景の変化にも目を向けなかった。
並木道の途中に小さな神社があり
そこから曲ると家まで一直線のみちにでた。
いつもの様に
神社の角を曲がり
神社を通り過ぎようとした
ときだった。
ふと、神社の神木と民家の石壁の間に目がいった。
日和から数メートルはなれた所に一匹の猫がいた。
白猫はこの世のものとは思えないほど美しい毛並みをしており、
なぜか神木の方を見ていた。
白猫の眼は黒色で、尾を左右にふると気品があふれた。
その姿はまるで闇夜に咲く
一輪の白いゆりのようだ。
あまりの美しさに
日和はそのまま見とれていた。
よく見ると透き通った深緑色の首輪をしている。
白猫は日和の視線を
察したのか、急に日和を見ると
スッと立ち上がり
神社の方へとゆっくり消えていった。
それから数日、
日和はまた白猫に会いたくなり
何度も何日も、石壁と神木の間を見た。
しかし、白猫は姿を現さず
石壁と神木の間を見ることも、白猫のことも、時がたつにつれ
しだいに忘れていった。
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