森の都

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都会に引っ越し、初めての年明けー 日和は毎年、叔父の家で開催される水梨家の新年会に家族で行った。 日和は、水梨家の皆に新年の挨拶を終えると、急いであのズミの木の所へ向かった。 階段を登り、林をぬけてやっと着いたいつもの場所。 だが、日和は言葉を失ったまま、がっくりと、その場に座り込んだ。 そこには、切り株が四つ… 寄り添うように並んでいた。もう、登ったり、抱きつける幹は無かった。 日和は呆然として、叔父の家に帰った。 そして、正月の初仕事を終えたばかりの袴姿のままの叔父を見るなり 日和は静かに大粒の涙を流した。 「どうした。日和、何かあったのか。」 日和は頷く、 「叔父さん、なんでズミの木を切ってしまったの。」 たくさんの涙のしずくが、畳へこぼれ落ちる。 叔父がどう説明していいか分からず、困った顔をしている。 「日和すまんな。実は去年の秋に近所のイズミお婆ちゃんが亡くなられてな… その時の遺言にズミの木で火葬して欲しいと言われたのだ。 だが、この辺りにはあの木しかズミの木が無くてな… 仕方なくあの木を切ったのだ。 すまなかったな日和。」 叔父はすまなそうな顔をしていた。 日和は叔父をみて、首をゆっくりと横に振った。 「叔父さんは悪くない。あのズミの木は、猫の雨宿りの木になったり、涼しい木陰を作ったり、誰かの役に立つのが好きだったから。きっと、お婆ちゃんの役に立てて嬉しかったよね。」 そう言いきると、日和は声を出して泣いた。 まるで、幼い子供のように… 手には、手作りの布袋に入った、ズミの葉が握られていた。 二日間にかけて行われた新年会も終わり、日和はまた都会に戻った。 田舎とは違い、時の流れが早く毎日が忙しくなった。 ズミの木の記憶はどんどん日常生活の中に埋れていった。
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