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月明かりに照らされている野菊を見ながら、日和は長年忘れていたズミの木の記憶を思い出した。
だが、あの時の葉は今でも持っていた。日和は、小さな小瓶のペンダントをしていた。
その小瓶の中には緑色の粉がはいっている。それこそが、ズミの木の葉だった。
日和は肌身離さず持ってはいたが、いつしかただのアクセサリーになっていた。
日和は急に植物と対話できる力が残っているのか調べたくなった。
数々の木々の中から、一本の大きな柳を選んだ。
幹に手を当てそっと呟く。
「こんばんは。今日は月が綺麗ね。」
すると、人には感じない微かな風が吹き柳をさわさわと揺らす。
と同時に、日和の頭の中に言葉が流れこむ。
“今宵の月はいつも以上に美しい"
まだ、日和の不思議な力は衰えてなかった。それどころか、この時代だからか前より鮮明に言葉が伝わってきた。
『ほぅ、そなたも一応“霊”と話せるのか』
突然、聞き覚えのある声が頭の中に話しかけてきた。
「白猫さん…?」
日和は名を読んだものの白猫の姿をみて、訂正した。
「じゃなくて、黒猫さん?
はじめまして。」
そこには、月明かりに照らされてもなお深く黒い毛をした黒猫がいた。
『白猫であっておる。
ただそなたが今おる時代が正しく無いのでな私が黒く見えるのだ。』
「ふーん。」
日和はなんとなくだが理解した。
『まぁよい。じきに春明が説明するだろう。』
黒毛の白猫はそう言うと簀子に飛びのり座った。
『申し遅れたな。私の名は時道(ときみち)という。』
白猫の名を聞くなり、日和はブっとふきだした。
『何を笑っておる。』
白猫は少しムッとしたように言う。
「いや、見た目にしてはなんか名前が合わないなと思って。
いっそう、可愛らしいトッキーとか、時ちゃんにしたら?」
そう言って、日和も簀子に上がると、時道の横に座った。
『何をたわけたことを考えているかと思えば…
まぁよい、呼びやすい名前で呼べ。しょせんは野良猫だ。』
「うそうそ。ちゃんと時道って呼ぶよ。貫録あるし、誰が名付けたの?」
『さぁ、誰だったかな…』
時道はそう言うと、月を見た。
「なにやら、盛り上がっているようだな。」
と、冷く、低い声がする。
日和は声がした方を見た。
寝殿の方へ続く簀子に白い束帯姿の男が立っている。
しかし、烏帽子はかぶっておらず、長い黒髪を垂らしたままだった。
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