月と呪

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『春明、その姿はなんだ。髪も結わず、烏帽子も被らんのか。』 時道は女子(おなご)の前だぞと目で訴えた。 「ちと立て込んでいてな、息抜きに、来たのだ。 日和、迎えられなくてすまなかったな。」 春明は時道を軽くながした。 時道は深いため息をすると、優雅にしなる尻尾を音もなく床に打ちつけた。 「あの…部屋、ありがとうございます。」 日和はぎこちなく言う、 「気に入ったようでよかった。この方がこの家も喜ぶ。」 春明は月を眺めながら言った。 「それにしても、綺麗な月だ。 日和も一杯飲まないか。」 春明がそう言うと、いつの間にか単を着た三人ばかりの女が現れ、手には瓶子と御猪口を持っていた。 いつの間に現れたのか、音もなければ姿さえ見えなかった。 「酒だ。飲むか。」 春明は再度勧める。 「では、一杯だけ。」 日和がいうと、単姿の三人のうち一人が日和に御猪口を差しだした。 日和が御猪口を受け取ると、今度は酌をした。 御猪口の中の日本酒が月を映し出した。日和は、その日本酒に浮かんだ月を一口で飲み干した。 口いっぱいに広がる日本酒の香りー なんとも風情がある。 「日和は何か術は使えるのか?水梨家であろう。」 日本酒をぐっと飲みながら、春明が問う、 「確かに水梨家ですけど、術は使えません。」 「では、その首掛けは何だ?何やら強き呪がかかっておるようだが」 「これのこと?」 日和は何十にも重ね着している単のなかから、葉の粉末が入っている瓶のペンダントを出した。 ペンダントを見て、春明は頷く。 「呪ってなに?呪いとか?」 日和は不思議そうに聞く。 「呪とは簡単に言うと名前だな。花や人にそれぞれあるものや、愛や恋などの人が起こす現象など、様々なものについている名前を呪というのだ。その呪を駆使して、術を使うのが我々陰陽師だ。」
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