第1話 竹内真帆編①

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 駅を出て直ぐに、トキの会社が入っている16階建のビルに目をやった。  ちょうどそのとき、ひと組のカップルがビルの入口から出てきた。細い目をさらに細くして笑っている、グレーのスーツ姿の男と、私よりも5歳若い、華奢な女だ。人目もはばからず、肩を寄せ合ってじゃれ合っている。  私は数日前の出来事を思い出していた。  トキが別れようって言った真意が知りたくて。婚約破棄してまで別れたがった理由が知りたくて。  ……そう、彼はこの春から急によそよそしくなった。  婚約も決まっているのに、何度も何度も不安に駆られるほど。  春と言えば、新入社員が現れる季節だ。  まさか。  女の勘だった。  トキと別れたあと、彼に知られない様にこっそりと彼の職場に張り込んだ。今みたいに。  そうしたら案の定だ。  若い女と楽しそうに話しながら、トキは夜の街に消えて行った。
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