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「それ、蹴っちまえよ。」
「そうしようとしたの。でも、出来なくて。」
「なんで?」
「久保センに迷惑掛けちゃう。」
「……久保セン?」
内田は黙る。
思い詰めた瞳から、亜希が今も久保をどれだけ大事に思っているか伺えた。
(……性懲りなく、また失恋か。)
内田は亜希がまだ久保を好きと知って残念な気持ちが半分、残りの半分は「完敗だ」と思った。
「……久保センはそんなことで進藤を責めないよ。」
「責めてくれるなら、いっそ楽なんだけど……。」
内田が諭しても、亜希は胸に広がる苦痛に顔を歪める。
内田は亜希の様子にため息を吐く。
(……進藤に何かあったら、そっちの方が辛いっていうのにっ!)
久保だけでなく、自分が。
亜希はへらへら笑ってるくらいが丁度良い。
――昔も。
――今も。
「あのさ、進藤……。」
「……何?」
しかし、タイミング悪く電話が入った。
「……悪い。ちょっと席を外すな。」
そういうと席を立ち、仕事の電話に出る。
内田は高校を出て、バイトをしながら、建築関係の大学に入ったと聞いていた。
高校を卒業して、すぐに父親が心筋梗塞で亡くなり、学費が捻出出来なくなったからだ。
今も歳の離れた弟妹の為に親に仕送りを欠かさないと聞いている。
そんな苦労を感じさせない内田の姿を見て、大人になったんだなとしみじみと感じた。
「――お待たせ。」
内田が立ち去ったのとは反対方向から声がする。
高津が立っていた。
「どうした?」
亜希は首を振る。
「怖じ気づいた?」
「……少し、待って?」
「それなら、あと三つ数えるうちに決めて。――こっちも暇じゃないんでね。」
「……そんな言い方、ズルい。」
「ズルくて結構。……いち。」
「待ってってば……。」
高津は亜希の腕を掴む。
(どうしたらいいの?)
「……にい。」
(どうしたら……。)
そして、耳元で囁く。
「さん……。」
ぐいっと腕をひっぱり、椅子から亜希を立たせる。
「タイムオーバーだよ。来てくれるよね?」
高津がじっと見つめてくるから、根負けしたように頷く。
「……いい子だ。」
「でも、ちょっとだけ待って。」
「――まだ、何か?」
内田が気付くように、亜希はコースターに久保の携帯連絡先を書く。
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