84人が本棚に入れています
本棚に追加
しかし、通された3001号室には、既に誰かがいる気配がした。
「――誰? 誰かいるの?」
「……今夜、あなたが接待なさる方ですよ。」
亜希が立ち止まる。
「おっと……。」
高津は出入口を塞ぐように立つ。
「……高津さんが相手じゃないの?」
亜希は高津を振り仰ぐ。
「……ああ。違うよ?」
高津はにっこりと微笑む。
蛇ににらまれた蛙のように、亜希は身動きが出来なくなった。
「……ほら、奥に入って。」
高津は亜希の背中を押すと部屋に押し込む。
亜希は二、三歩後退りした。
「……往生際の悪い人だ。『守りたいもの』があるんでしょう?」
亜希は何が起きたか咄嗟にはわからなかった。
気付いたら「パンッ」という渇いた音とともに痛みに襲われ、床に倒れていた。
「――ほら、立って。亜希。」
高津には、もう微笑みは無い。
「……来ないで。」
亜希は腰が砕けて立てずにいた。
四つんばいのまま逃げ惑う。
高津が怖い。
「……高津くん、その子かい?」
「ええ。お気に召せば良いのですが。」
奥の部屋のソファーから立ち上がったのは、四十絡みの男だ。
前島はいやらしい笑みを浮かべ、値踏みをするみたいに眺めてくる。
亜希の怯えた様子は前島にとって興をそそられるものだった。
物陰に腕を伸ばすような格好の前島の影が亜希に伸びてくる。
――真っ黒な腕。
「高津さんッ!」
その様子を冷ややかな目で見下ろす。
「……いやあっ!」
前島は亜希の髪を掴み、上を向かせると猿轡を嵌めた。
「う……っ?!」
「暴れると、舌を噛み切るからね。」
亜希は抗議の声をあげたが、悲鳴にすらならない。
「活きが良いみたいだな。」
手足をばたつかせても、巧みに腕が伸びてきて手際よく捕らえられ組み敷かれる。
「怖いか? お嬢ちゃん。すぐに気持ち良くしてやるからな。」
――昏い瞳。
前島の言葉より、亜希は高津の真っ黒な瞳を前に体が硬直していくのを感じた。
「うーっ!!」
前島の荒い吐息が耳にかかる。
首を横に振って抵抗しても、今度は荒縄で拘束されていく。
そして、高津は会釈を交わす程度の気軽さで亜希に淡々と話してきた。
「――亜希。君の守りたいものを壊されたくないなら、どうするべきか分かるだろう?」
亜希の頭の中は「怖い」という思いが、滲むように広がっていく。
最初のコメントを投稿しよう!