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「……でも、そうか。久保先生と付き合っているのか……。何で彼なんかと?」  高津の言葉にカチンと来て、口を閉ざす。  昔はともかく、今は誰かに久保との事をとやかく言われる筋合いは無いはずだ。  左手に手にしていたコーヒーを口にすると、こくんと飲み込む。 「……わざわざ、それを確認しにいらしたんですか?」  亜希の声が強張った事に、高津はすぐさま「すまない」と詫びる。 「不躾けな質問だったね。気を悪くしないでくれ。」  ビロードのように滑らかな声色。  この声で詫びられたら、何だか自分の方が悪い事をしたような心地になってしまう。 「――あの日、君を見て、気に入ったものだから。」  目を細めて柔らかな笑みを浮かべる高津を前に、亜希は目を皿のように丸くした。 「……はい?」 「『君の事が気に入った』って言ってるんですよ。」  コロコロと表情を変える亜希の様子に、くすくすと笑みを溢す。  ――悪くない。  きっと前島は彼女に満足するだろう。  すぐに感情が顔に出るのが良い。  彼女が目を潤ませて苦しむ姿は、さぞ美しい事だろう。 「か、からかわないで下さい。」 「からかってなんていませんよ?」 「嘘!」 「嘘は嫌いなんで吐かない主義なんです。ただ……。」  含みを持たせた高津の言葉に胸が騒ぐ。 「あんまり良くない報せはお伝えしますけどね。」 「……あんまり良くない報せ?」 「久保先生の事。」  その答えに高津の瞳が底光りしたように見えて、息を呑んだ。 「彼は止めておいた方が良い。」 「……あなたには関係ない事でしょう?」 「そうはいかないよ。この学園は大事な収入源だからね。」  さっきまでの高津とは雰囲気がガラリと変わる。  漆黒の瞳はまるで猛禽類のそれのように鋭くて、脚が震える。 「彼はね、いずれ万葉さんと結婚するよ。」 「……え?」 「彼は『君以外の女と結婚する』って言ったんだ。」  高津の言葉に二の句が継げない。 「――さっきね、理事長に直々にお願いされたんだよ。婚約パーティーの祝辞。」  喉は一瞬でカラカラに干上がる。 「あの時の久保先生と君の様子が気になってね。」  窓の外は春の嵐でザアッと音を立てて木々が揺れる。  桜の花びらが桜吹雪となって舞い散った。
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