10

4/27
前へ
/27ページ
次へ
 脚に力が入らなくなってふらふらとする。 (そんな、の、嘘……。)  まるで頭を鈍器で殴られたみたいな衝撃。  ――目眩がする。  覚束ない足取りで歩み、椅子の背もたれに手を掛けると、よろよろと腰掛ける。 「――大丈夫?」  高津の声に辛うじて「大丈夫です」と短く答える。 「引き返すなら、今だよ? 少しでも傷は浅い方が良いだろう?」  そして、長椅子からすっと立ち上がると、亜希のすぐ傍に立った。 「……彼は止めたほうがいい。」  高津が耳元で囁く。 「君が傷付くだけだよ?」  動揺した亜希は、酷く目を泳がせている。  手に取るようにショックを受けているのが分かる。  高津は腕を伸ばすと、亜希の後頭部に手をあてがい、そっと自分の胸へと亜希を抱き寄せた。  腕の中にすっぽり収まるちょうどいいサイズ。  柔らかな抱き心地と、絹糸のように滑らかな髪。  そして、胸の疼く痛みを堪えて、哀しみと愁いを帯びた亜希の美しさに息を呑む。 (――いい表情をする。)  きっとこの表情に魅了されるのは、前島だけではあるまい。  何とかして笑わせようと躍起になるか、もっと苦しませようと躍起になるだろう。 (……案外、こういう女が『傾国』なのかもしれないな。)  どれくらいそうしていたのか分からない。  甘いムスクの香りに囚われて麻痺していたのかもしれない。  いつの間にか高津の腕の中に抱かれていて、目の前の視界が彼のスーツの胸元である事に気が付くのにはさらに数秒を要した。 「……腕。」 「腕がどうかした?」 「……そろそろ離してください。」  先ほどまで泳いでいた視線は、今では少し潤みながらも定まっている。 「私には、そのお話、到底信じられません。」 「信じられなくても『事実』だよ。」 「『事実』だとしても、彼の口から聞くわ。」 「……ふーん。」  持ち前の芯の強さを見せる亜希の様子に、高津は冷たく笑う。 「――離しても良いけど。君は泣くだろう?」 「泣きません!」  息をするのさえ、少し辛い。  目の前に久保がいれば真偽の追求も、詰じることもできるのに、今はそれも出来ない。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

84人が本棚に入れています
本棚に追加