10

5/27
前へ
/27ページ
次へ
「――気丈だね。ますます気に入ったよ。」  亜希は唇を噛み締めると、両手で突き放すように高津の胸を押す。 「その仮面が壊れない事を願うよ。」  高津は観念したように腕を解き、コートを持つとドアへと向かう。  そして、ひとつ急に思い出したように亜希に声を掛けた。 「――僕はね、君が必要なんだ。」 「……私が『必要』?」 「ああ。」  高津は底光りする眼差しを向けたまま、微笑んでくる。 「――とっても、ね。」  意味深長な言い方に、不安に拍車が掛かる。 「じゃあ、またね。」  するりと部屋を出ていく高津の後ろ姿を眺めながら、亜希は眉を八の字にさせた。  細く長く息を吐く。  涙腺が緩んで、視界がぼやける。 (そんな事、あるわけない。)  信じたい気持ちと、猜疑心に心が揺れる。  亜希はカウンセラー室を出ると、真っ直ぐに国語科準備室の前に立った。  ドアのガラスの向こうは高津に会う前と何一つ変わらない。 (早く、帰ってきて……。)  そして「そんな事はない」と否定してほしい。  五年の歳月がこんな時はもどかしくて仕方ない。  傍に居続けていれば何の迷いもなく彼を信じられるのに、空白の時間があるとどうしたって不安になる。 (――貴俊さんが、一人で会うなって言ってたのは、万葉さんとの事を私に知られたくなかったから?)  そんな筈は無いと首を振って打ち消しても、そう考えると万葉の冷たい態度に合点がいく。 (――それにこの話が本当なら、万葉さんと結婚した方が貴俊さんのためには良い……。)  自分はまだちゃんとした資格も取れていないヒヨッコで、一方の万葉はこの学園の理事長の娘。 (万葉さんと結婚すれば、一足飛びに出世だ……。)  ザワザワと胸騒ぎがする。 『その仮面が壊れない事を願うよ。』  高津の優しい声に今さら胸が締め付けられる。  ――苦しい。  高津の言葉を戯言だと一笑すれば良いだけなのに、それがどうしても出来ない。 (――高津、さん。)  春の嵐そのもののようなヒト。  満開だった桜の花びらはアスファルトに降り積もり、雨に濡れて茶色く変色していた。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

84人が本棚に入れています
本棚に追加