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 それから二日が経った。  久保は今日の午後には戻ってくる予定だが、亜希は別の事に気も漫ろで、勤務中もどこか上の空だった。  「はあーっ」とため息を吐いて外を見る。  天気予報によれば、花曇りの空は今日も夕方にかけて雨模様に変わるらしい。 (万葉さんとの結婚……。)  昨日から打ち消しても、打ち消しても、同じ考えばかりが頭を擡げてきて、少しも仕事が捗らない。 『彼は止めたほうがいい。君が傷付くだけだ。』  そう高津に滑らかな声で囁かれた言葉は、何かの呪文みたいに頭から離れてくれない。  それに、甘いムスクの香りもしっかり高津の存在を刻み付けるのに十分な効能があった。  久保以外の男性に抱き締められるだなんて思ってもみていなかったし、あんな風に抱き締められた事が無かった。  ――酩酊するような香り。  本当なら、久保の帰りを楽しみにしているはずの時間は「高津 浩介」という存在に奪われていく。  ――仕事をしていても。  ――家に帰っても。  亜希は久保が帰ってくるまで、何となく落ち着かない日々を過ごす羽目になった。 (……何だか浮気してるような気分。)  もやもやとした気持ちに、もう一度ため息を吐く。 『――僕はね、君が必要なんだ。』  言い様のない不安が胸に募る。 (……私は何に『必要』なんだろう。)  郡山が自分にぶつけてくる「好意」とは明らかに違う。  高津のそれはもっと歪曲している気がする。 『じゃあ、またね。』  あの瞬間、高津の底光りする眼差しに、ぞくりとした寒気を覚えた。 (……もう、あの人には会わない方がいい。)  ――本能的な感覚。  高津にもう一度会ったなら、彼に攫われてしまう予感がした。  ――抗う事はできない。  目に見えぬ網に捕らえられてしまうだろう。 (それが、怖い……。)  ふとトントントンとノック音がして、引き戸を引くと理事長が顔を見せる。 「――進藤先生、ちょっと。」 「はい?」 「一緒に来ていただけますか。」  有無を言わせない気配の理事長に、亜希は「構いませんよ」と答えて後をついていく。 「ロータリーにいらしてください。」 「校外に?」 「――ええ。」  外にはハイヤーが待っている。 「あの……。」 「乗ってください。」  亜希は戸惑いの色を見せたが、理事長の険しい顔つきに黙って乗り込んだ。
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