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 車が走りはじめる。 「……どちらに?」 「一緒にいらっしゃっていただければ分かります。」  学園近くの緑の多い一帯や、久保に連れていってもらったレストランも遠く離れていく。 「今日はね、あなたと食事でもと思いましてね。」  大通りに出てだいぶ経ってから、ようやく落ち着きを取り戻した理事長が話しはじめる。 「……久保先生と万葉さんの事ですか?」  街の景色を眺める。 「――その事を誰から?」 「先日、高津さんに伺いました。……私が『必要』だとも。」 「それなら、話が早い。」  車はシティーホテルの前で止まる。 「……どうぞ。」  亜希はにこりと微笑む理事長にエスコートされて、ロビーへと足を運んだ。  ベルベットの絨毯に革張りのソファー。  豪華なシャンデリア。  どれも亜希には不釣り合いなものばかりだ。 「こちらにどうぞ。」  ソファーに座るように勧められ、恐る恐る腰を下ろす。 「――それで、お話とは?」 「進藤先生、貴女には今夜ここである方を接待していただきたい。」 「接待ですか?」  亜希はきょとんとする。 「ええ。学園の運命があなたの双肩にかかってるんです。」  亜希は息を飲む。  ふと、久保の言っていた問いが頭を擡げてきた。 『さて、亜希に質問です。』  口の中が渇いていくのが分かる。 『理事長はどうやって高津代議士から追加の助成金を貰えたのでしょうか?』  亜希の表情が硬直するのを見ても、理事長はなおも言葉を続ける。 「――進藤先生、あなたは学園に雇われた事を不思議に思いませんでしたか?」  理事長への怒りで亜希は顔を真っ赤にさせる。 「……接待の為に雇われた、と仰るんですか?」  人目を憚らずに怒鳴りたいのをぐっと堪えると、苦い水が胃の腑からあがってくる。 「――ええ。だから、大学院卒業を果たしてなくても採用をしたんです。一般女性をご所望でしたから。」  わなわなと肩が震える。 「……あいにく、本学園には年頃の娘が万葉しかいませんでしたからね。高津さんともお話させていただき、あなたを代わりに。」  高津の言葉が不意に蘇ってきて、怒りの火に油を注ぐ。 『その仮面が壊れない事を願うよ。』  なるほど、あれは「品定め」に来ていたのかと合点がいく。
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