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どれくらいそうしていただろう。
不意に亜希は声をかけられた。
「……やあ、また会ったね。」
びくりとして顔を上げると高津がにこりと微笑んで立っている。
「……高津さん。」
高津も亜希も、互いがどうしてここにいるのか訊ねる気配は無かった。
「また、泣きそうな顔をしてる。」
優しげな声で言われると心が折れてしまいそうだ。
「今日は接待なんでしょう?」
「――相手はあなた?」
亜希は高津を睨み付ける。
高津は目を見開き、それから面白そうにククッと喉を鳴らして笑った。
「『またね』って言っただろ?」
「……強引だわ。」
「そう?」
亜希は高津から顔を背ける。
「――拗ねた?」
「目的は何?」
高津はくすりと笑うと、上を指差した。
「部屋を取ってある。とりあえず、そちらに行こう。ここじゃ人目もあるし、落ち着かない。」
亜希は押し黙ったままだ。
「鍵を貰ってくるよ。」
それだけ言うと、高津はロビーを後にする。
亜希はその背中を不機嫌そうに見つめた。
高津と上の部屋に行けば、久保が傷つくのは明らかだ。
だからといって、今、このホテルから帰ってしまったら、久保が職を失いかねない。
(……どうしよう。)
――逃げ場が無い。
(ううん、最初から。)
高津の掌の上で転がされてる。
「……そこにいるの、もしかして、進藤?」
亜希は再びびくりとして顔を上げる。
今度は意外な人物が目の前に立っていた。
「やっぱり、進藤だ!」
「……内田?」
「おう!」
内田は昔と変わらず、明るく声を掛けてくる。
「……なんでここに?」
「このホテルの改修工事の見積を出しに来てたんだ。そっちは?」
「……ちょっと、ね。」
亜希の歯切れの悪い返事に内田は声のトーンを落とした。
「おーい、また何か抱え込んでるのか? 悪い癖だぞ?」
「内田のお節介は拍車が掛かった感じね。」
「何だとぉ?」
気分が落ち込んでいたから、一気に引き上げてくれる内田に亜希は昔と変わらず、くすっと笑みを溢した。
「ほら、さっさと話せよ。」
「……今夜ね、ある人を接待しろって言われたの。」
内田はきょとんとする。
「接待が何かまずいのか?」
「……たぶん普通のお酒飲んでって話じゃないから。」
亜希の泣きそうな表情に、内田は険しい表情になる。
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