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第1話
駅のすぐそばのファーストフード店が、子連れの若いママたちで溢れかえる平日の昼時。極度の緊張で食べる気にもなれず、らしくもなく飲み物のコーヒーだけをちびちびと口に運ぶ。
やんちゃな子供たちと、それを宥める、もしくは放置して自分たちの話に没頭するママたちを眺めながら、普段だったら心の中でそれに突っ込むものだが、今日に限ってはそれもない。心ここに有らず、とはこういうことをいうのだろう。
昨日から、心はもうずっと昔、10年も前のあの頃に、行ったり来たりだ。
ママに交じって、仕事の合間に昼食をとりに来たであろう社会人がちらほらと座っている。若い男女がにこやかに話ししながら、昼食をとっている。同僚なのか、先輩後輩なのか。
私たちもあんなふうに食事したり飲みに行ったりしてたね。未だに鮮明に思い出せる。
メールも携帯も今のように普及していなかったあの頃。
パソコンも、職場で一人一台なんてまだまだ先の話。
共有の一台に、ピンクのクマがメールを届けにいったり持ってきてくれたりするソフトがこっそりと入れてあって、連絡はほぼそれだった。
彼は、独自のテンポを持っているひとだった。
総務部に所属していた為、来客で彼が応接室を使用するたび、言葉を交わす。
彼は独特な話し方をしたが、その歩く姿も個性的だった。
常にしゅっと背筋を伸ばして歩いてくる。
彼が研究所から応接室のある事務棟に来るときは、多くの場合、奥の裏階段を使用してくる。逆光で彼の顔は見えなくても、その歩くシルエットだけで彼だとすぐに分かるくらいだ。
7つ年上で26の自分にはすごく大人の人に見えた。そして、九州出身の彼の雰囲気は独特で惹きつけられた。
同期の女子社員と、三人でディズニーランドに出かけたのが最初。
その時はまだ特別な気持ちは無くて、ただその独特な雰囲気が居心地よかった。
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