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「今終わったところ?」
「うん」
「そっか、帰り一人?気をつけて帰ってね」
あまり視線が合わないことに気付いているだろう一色だが、それを気にすることも無く笑顔でそう言った。優しい笑顔と心遣いに、胸が少しだけ締め付けられた気がした。一色の穏やかさと気立ての良さはとても一般的な男子高校生のイメージとはかけ離れていて、怒ったりする様子は想像がつかないくらいだ。
「一色君も、頑張って」
そんな一色に気遣いの一つも出来ない自分なんて許せない、琴はその感情一つで勇気を出すことが出来た。聞く側にしてみれば小さな声だったが、一色はきちんとそれを拾ってありがとうと返した。
「じゃあまた明日」
一色が歩き出すと、自動的に後ろの生徒も歩き出す。その時横目でちらりと後ろを振り返った鋭い目が、琴を射抜くようにこちらを見ていた。そしてその時琴は察した。その鋭い目の持ち主である部員が、マネージャーに勧誘された時に、琴を後ろから見ていた男子生徒であることに。あの時は背中を向けていて分からなかったが、今は違う。その視線は面白いほど分かりやすく琴を拒絶していた。視線が少しずつ前を向き、琴から外れていく。不思議なことに、いつもなら自ら逸らしてしまうはずが、琴は文恵に声をかけられるまでずっとその背中を見つめていた。
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