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「水沢ちゃん寝てたでしょ」
見てたよ、と悪意のない笑顔を浮かべながら近寄ってくる。一色は五十音順で並ぶと先頭の方であるため、琴とは対角にいるのだが、授業中に見られていたということは意識してのことだろう。急に恥ずかしくなり、全身が熱くなっていくのが分かった。一色は相変わらず笑っていた。
「水沢ちゃん真面目そうなのに寝ちゃうなんて疲れてるんじゃない? まだ月曜だけど大丈夫?」
「だ、いじょうぶ、です。……っていうか、水沢ちゃんって」
「そういえば、結局野球部は書いてくれなかったんだね。菅ちゃんが駄目だったって朝教えてくれてさ」
小さな呟きは一色の耳には届かなかったらしい。何故そんなに自分に親しく話しかけてくれるのか、琴には到底理解できなかった。拒絶したいわけではない。しかし今まで男の子との交流関係が希薄だった琴にとって、それは易々と受け入れられものではない。
水沢ちゃん、水沢ちゃん、と一色の声が何度も頭の中でリピートされた。
「俺としては凄く残念なんだけど、良かったら試合とか見に来てよ」
「え?」
「だって、好きなんでしょ?」
教室に残っている生徒の目線が、一気に二人に集まった。まだクラスの相関図もはっきりとしていないクラスの中で、二人の会話は、彼女に試合の応援を頼む彼氏といったように聞こえているだろう。しかし当の本人たちはまったくそんな風に感じておらず、琴は眉間に皺を寄せ、一色はにこにこと柔らかい笑みを浮かべている。あの二人って付き合ってるのかな、女子生徒が小声でこそこそと話す。
「……うん」
琴は小さく頷く。
「じゃあ俺行くね。また明日!」
エナメルバッグを肩にかけ直して一色は教室を早足で出ていく。小さく振られた手に、振りかえすことは出来なかった。
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