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目の前に立つ、自分より頭一つ分以上大きい山本を目の前に、琴は負けるものかと鋭い眼光を放っていた。秋谷が部活を終えて家庭科室に来ていたことから、野球部の練習が終了していることは容易に予測出来ることであり、更に言えば、家庭科室は部室棟にも近いため、帰り道に遭遇する確立は高い。琴とてそれを失念していたわけではないし、仮に遭遇したとしても、野球部の知り合いは同じクラスの一色に会わなければ、そのまま横を通り過ぎれば良いと考えていた。しかし不運なことに、歩いている琴の目の前に現れたのは、体育館脇の水道場から部室に戻る途中の山本だったのだ。触らぬ神に祟りなし。お互いがお互いのことを癇に障ると思っていることは知っていたが、あえてここで関わりを持つ必要もないと、まるで山本の存在など気にも留めてないようなそぶりで横を通り過ぎようとしたのだが、それが逆に気に食わなかったのか、おい、と呼び止められてしまい、今に至る。
「……何か、用ですか」
事務的な口調で答えると、山本の眉はピクリと動く。何が気に食わないのかは大よそ予想がつくが、こうもしつこくされては琴も苛立ちを隠せなくなってしまう。基本的に被害妄想癖のようなものがあり、人と親交を深めるのに時間がかかる琴であるが、理由が明らかである悪意と敵意に対しては、人が変わったかのように強く立ち向かう。山本の場合もそうだ。本意は分からないものの、琴には自分に非がないという確証がある。睨まれる理由がないのだ。
「一色が今でもお前の話題を出すのは、お前がマネージャーやらねえってはっきり言わないからか」
「そんなことは、一色君本人に聞いてください」
沈黙。ただ睨みあうだけの二人の間に、雨によって冷やされた夜風が通り抜ける。この際だ、何か意見があるなら聞いてやろうじゃないかという琴の意気込みが伝わったのか、山本は再び口を開く。しかし、山本の口から発せられたのは、なんとも腑に落ちない、納得のいかない言葉だった。
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