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ついたての向こうから声をかけられ、本来は受付で記入する筈の写真購入用紙とペンを持って立ち上がる。
よし、くだらない質問とかだったら転んだふりをして膝蹴り入れてやろう。
「ねぇねぇ、この写真なんだけどさ」
そう言って指差されたのは、誰もいない放課後・夕暮れ時・学校の廊下に転がるバスケットボール……俺が撮った一枚の写真だった。
「何か良いよね、コレ」
「は?」
「んー。て言うかこれ見た瞬間、時が止まった感じがしたみたいな? すっげ不思議ぃ」
「……」
その言葉に、撮影した日のことを思い出す。
学園祭より少し前。
俺が撮影する番だからとクラスメートから渡されたデジカメ。
それを持ち「面倒臭ぇーな。適当に何か写しとけば良いんだよな?」と考えながら放課後の教室を後にした。
とりあえず、あてもなく廊下をブラブラ歩いてみる。あちこちの教室からは友達同士の笑い声やくだらない会話、部活へ急ぐ奴、寮に帰る奴、様々な音が聞こえてきて放課後の学園もあまり日中と変わりない。
(あー、しっかし何を撮れば良いんだ? ま、適当に歩いてればそのうちピンと来る物がどっかにあるだろ)
ふいに、仲の良さそうな二人組が小走りで通り過ぎた。
「うわ、先輩に怒られる!」
「一緒に怒られてやっから、適当に急ごうぜ」
そんな会話が聞こえ、多分これから部活又は委員会にでも行くのだろう。
しかし、適当に急ぐって器用だな。
――テン テンテンテン……
「ん?」
何かが床に落ちて弾むような音に、俺は振り返った。
さっきの二人が出て来たと思われる教室からコロコロと廊下に転がり出る、バスケットボール。そのまま壁にぶつかり軽くバウンドして、ゆっくりと動きを止める。
誰もいない長く続く廊下。
開けっぱなしの教室扉。
廊下側の窓から射す柔らかなオレンジ色の夕日。
つい先程まで聞こえていた音は遠く、忘れられたボールのみが静かに在り続ける。
現実から切り離され時が止まったかのように、綺麗すぎる光景は泣きたくなる程で。
胸が締め付けられるように苦しい。
――ピロリロリーン
「あ?」
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