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暗闇の中、懐中電灯の光に照らし出された婚約者の腕の白い肌は、まだ命の温もりをたたえ続けていた。
亮介はその手首に巻かれたリストバンドに張り付けられた小さな赤いタグをためらうことなく引きはがし、黒いタグをそこにあてがった。
周りの看護師たちの方がむしろ取り乱しかけていた。看護師長の宮田という恰幅のいい体格の女性が思わず言った。
「牧村先生、本当にいいんですか?」
亮介は細面の顔を、ことさら力強く上下に振った。
「僕だって医者なんだ。私情ははさまない」
彼の婚約者、美穂の手首のタグの色は赤から黒に変わった。亮介は、今度は一瞬だけためらったが、看護師たちに指示した。
「患者の点滴中止。輸液は三沢加奈ちゃんに回してくれ」
一番若い看護師の山村が、決心がつかないという表情で言った。
「あの、本当に……」
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