プロローグ

2/13
158人が本棚に入れています
本棚に追加
/70ページ
 牛丼屋とバーにひとりで行く女の気が知れない、と、二年前の私は本気で思っていた。  たまたま彩奈に連れられていったホストクラブがきっかけとなり、私のランチは、千円のイタリアンから五百円でおつりが来る牛丼に代わった。  きっかけを作った張本人は、会社から遠いことを理由に選んだガラス張りの吉野家の外で、手を叩きながら私を見て笑っていた。  おい彩奈、てめえの浮気バラすぞ。  ……そんな言葉も、つゆが染みた米粒とともに飲み下す。  正直、六歳も年下の彩奈に勝てるのは、年齢と学歴と、悪い意味での純粋さだけだ。彼女は去年成人式を迎えたばかりなのに、男と付き合った数は年齢よりも多い。ひとりの男と半年持ったとしても十年以上はかかるじゃないか、おまえの初カレいくつのときだよ、との質問に、彼女は「二人にすれば五年ちょっとで済むじゃないですか」と言ってのけた。なにトンチみたいなこと言ってんだ、一休かおまえは。  そんなわけで、私に男耐性がないのは必然だった。なのに、彩奈の「ボーナス出たし、たまには目の保養しちゃいましょうよー」について行ってしまった。美術館やプラネタリウムはこんな夜遅くまで開いてないぞ、と思った私は、やはり純粋だ。悪い意味で。  初めてのホストクラブは、衝撃、の一言に尽きた。  初対面同士でここまで親しげに接してきた男を、私は知らない。そりゃそうだ仕事なんだから、と普通は思い至っても良さそうだが、ここでも私の純粋さが爆発する。  もしかして、本当に私のこと気に入ってくれたんじゃないか。  目の前の、ともすれば女の私よりも男にモテそうな美しい顔立ちの茶髪ホストに、恐れ多くもそんなことを思ってしまう。どう考えても彼は私よりも彩奈側の人間だ。美しくて華があって、嫌というほど異性に慣れている人種。  男がピアスなんて女々しいし軽薄そうでしかない、という私の主張はその日のうちに撤回された。
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!