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「私は貴方を招待しに来たの。人間、妖怪、八百万の神々。天才、異能、気違い――総てを分け隔てなく受け入れる、どうしようもない素晴らしい世界、“幻想郷”に」
「ゲンソウキョウ?」
恐らく、「幻想郷」、とでも書くのだろう。名前としては、白川郷を連想させる。初めて耳にしたその地名は、恐らく日本国内ではない。とすると、中国辺りだろうか? あれだけ広大な土地があるのだ、妖怪変化の1つや2つが居ても不思議ではない。
「それから、貴方が求めている人。彼女は幻想郷(こちら)に居るわ。もし来るなら、会わせてあげる。信じるか信じないかは貴方次第よ。次の満月の夜、此処で待っているわ」
「え、何、ちょっ――!」
ユカリが言い終わるや否や吹き抜けた突風に、思わず腕で顔を庇い、目を瞑る。気づいた時には、目前どころか周囲にすら誰も居らず、低い太陽の光が木々の向こうから射し込んでいるだけだった。
今のは、白昼夢のようなものだったのだろうか? 夢にしては現実味が過ぎている気もしたが、自分でもよく分からない。そもそも「妖怪」なんて甚だ現実的ではなく、しかも俺の知っているそれは、間違ってもあれほど艶かしい女性ではない。
「帰るか……」
尋常でない疲れを覚え、想い出に浸るような気分にもなれず、踵を返し山を下る。結局、先程のやり取りは何だったのか。混沌とした脳内は、簡単に整理はつきそうになかった。
ただ、ユカリの言った「俺が求めている人」。それが誰を示したのかだけは、自分が一番理解している。確かに俺は、二度と戻らぬ“東風谷早苗の居た日常”を欲している。たとえ誰の記憶に残っていないとしても、自分だけは絶対に忘れないと誓ったから。いつか必ず、再び逢える日が来ると信じているから。
見上げれば、上弦の月が俺を嗤っていた。
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