Daiary

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 木々の葉に当たり、降りしきるやさしい雨音は、奏鳴曲となって耳に響く。  目眩のするような熱はなく、蝉の声も取りの声もしない。  生きているモノの価値をあざ笑うかのような夏の雨。  それでも僕らは生きている。  みんなみんな生きているんだ。  「空の匂いがするね~」  窓の外を眺めながら、先輩が呟く。  吹きこむ風は幾分重いが、空気は澄んでいる。  「……僕は土の匂いだと思いますけど」  「ううん。これは空の匂い」  どこか遠くを――それこそ全く異なる時間を見つめるような眼差しで、先輩は目を細める。  「絵、青空の下で描けなくて残念だよね」  先輩は勉強机に腰掛け、ペンを机に当ててコツコツと等間隔のリズムを刻んでいる。  それは、屋根の庇からこぼれる水滴と、同じタイミングだった。  薄くけむる世界。  夏の雨は、絶対の不変を許さず、ただ世界から孤立したような感傷をもたらす。  僕は、窓の外と先輩を交互に見てから溜息をついた。  「……先輩、現実逃避したって、テストの結果は変わりませんから」  「つれないなぁ先生は」  苦笑いしながら彼女は、僕が自作した数学のプリントに向き直った。  「……どうしたんです?」  彼女の後ろまで歩いていき、プリントを覗きこむ。  何気なく三分の一は埋まっている。  「なにが?」  「普段より大人しいから」  「普段から大人しい、よ」  アクセントを変えて言うと、力無く首を傾ける。  黒髪が乱れ流れた。  「先輩は天気で性格変わるんでしたっけ?」  「……雨が憂鬱なんて誰が決めたの?」  「それを言ったら、晴れを良い天気って呼ぶのは、農家の人に怒られますよ」  先輩が口元に手を当てて僕を見上げる。  「なにそれ?」  「社会の知識ですよ。夏場は雨が降らないと作物が枯れてしまうかもしれない。だから、晴れを天気が良いと言ってはいけない」  「あっ、なるほどなるほど。そう言う時は、雨が良い天気なんだね」  「天気予報の受験以外には関係ないですけどね」  僕は頷いて、それでいて苦笑いした。  「いいなぁ。そういう綺麗なことならすぐ覚えるのに」  すらすらと、上の空な感じでペンが走る。  「……先輩、どうして数学出来るんです?」  「? 出来ちゃいけないの?」  
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