Daiary

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 合わせ鏡のように、幼いわたしが、無心に絵を描き続ける男の背を睨み付けていた。  シャツがべっとりと汗ばんでいる。  流れる汗が目に染みた。  その時の感情を覚えてる。  この呪われた視線で、人が殺せれば。  ふと、あの男が描いているスケッチブックに目がいった。  そこでは、真っ赤な大輪を咲かせるひまわり畑の真ん中で、わたしが眠っていた。  (ああ、殺されている……)  夢の中で意識が遠のいた。    「――っ!」  唐突に先輩が身を起こした。  肩にかけていたシーツが床に落ちる。  扇風機の首振り機能の何十倍もの速さで、先輩が辺りを見渡していた。  「大丈夫ですか?」  読んでいた少女漫画を閉じて、僕は腰掛けていたベットから立ち上がった。  きょとん、と先輩が僕を見る。  「あ、あれ? ここ、どこ?」  「先輩の部屋ですよ。あなたは青葉みくで、今は夏です。わかりますか?」  「……夢、か」  背もたれによりかかって呟く。  「随分うなされてましたね」  「……楽しい夢だったから」  とてもそうは見えない顔で、彼女は額をおさえた。  珍しく、びっしりと汗をかいている。  下敷きを手にして、そんな先輩を扇ぐ。  「あ~、えっと……ごめんなさい。少し頭が働いてない」  「いいですよ」  多分『ありがとう』とか『お寿司みたい』とか言おうとしたのだろう。  気持ち良さそうに先輩は風を受けている。  アラブの宮殿を思い描いたが、それにしては、先輩の容姿は日本人特有の黒髪美人だ。  椅子から垂れた髪がそよぐ。  何度、無防備な彼女の顔を覗き込んでしまったことか……。  「勝手に台所借りましたよ」  カラカラ、と麦茶をさしだす。  「あっ、氷が溶けてない♪ よく起きるタイミングが分かったね」  「……先輩が寝るタイミングを計るよりはずっと簡単ですから」  「あはははは」  グラスの底を額に当てて、先輩が笑う。  白いのど元が、艶めかしく波うった。  「あはは、はは……は……」  「先輩?」  徐々に掠れて行く笑い声。  そのまま深く椅子にこしかけ、天井を見上げるような姿勢で先輩は動きを止めた。  目は、僕を見てる。  「……」  「お願い……」  深く息をはいて、彼女は目を閉じた。  なぜだか分からなかったけれど、先輩がとても弱く見えてしまって……。    
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