Daiary

9/10

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
 傘もささず、数少ない街灯を避けるように、足下だけが照らされている――影。  自分の進行方向なだけに、微かに嫌な気分になった。  とは言え、ここで道を反対に進むわけにも行かず、ぶらりと歩き出す。  目は逸らしているが、視線は常にその影に向いていた。  後、20メートル。影に動きはない。  自分が街灯に照らされるたびに、処刑台に昇るような気分になる。  相手の反応のなさに不信感が募った。  「……誰だろう」  口元を拭って呟く。  10メートル。  影と向かい合う街灯まで辿り着く。  灯りの中に、意識的に強く一歩踏み込む。    ――黒い人影が動いた。  「長かったな」  「お前……」  そいつは、昨日、先生に警告を受けていた少年だった。  夏場だというのに長袖の黒いジャンパーを着込み、クツクツと笑っている。  「オレの言った通り楽しめただろう?」  「なんだ――とは聞かないがね」  目を細め、少し間合いを開いて立ち止まる。  「……先輩のところに行く気か?」  「違う。用があるのはお前でもあの魔女でもない」  右手をポケットにつっこんだまま、少年は小さく首を振る。  「先生か?」  「……ちょっと、昨日のお礼にいくだけさ」  少年は心底うんざりといった感じで項垂れる。  「お前には興味ないんだよ。どけ」  「……ポケットの中には何があるんだ?」  「気にするなよ」  雨の中で対峙しながら、不思議と、この少年に親近感を抱いた。  だが、好意は抱けない。  両手の力を抜き、にこり、と微笑む。  「僕は三上直也だ」  「は?」  少年が、不思議そうに眉根を寄せる。  「……名前を名乗り合おうってことだよ」  「こんな時に? 正気か?」  思わず失笑しながら、少年がポケットから手をだした。  「いいや。まぁ、お前からでも」  彼が掲げた手には、ナイフが握られている。  鈍く街灯に照らされた、真新しい銀色。  「……まずいな」  思わず言葉が漏れてしまう。  辺りを見渡しても誰もいない。  街灯が、鬱陶しく明滅した。  視線を戻すと、少年が笑っている。  絶対的な優位を確信した瞳。  このまま道を開けようかとも思ったが、やはり、先輩の安全が保障されたわけではない。  「ほら、どけよ」  少年がナイフをちらつかせる。  「まずいな……本当に誰もいない」  
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加