第2話 あなたの絵を描きたい

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 家をでたところで、また、隣の家から人が出てきた。  「まったくあの子、勉強もしないで毎日どこ出かけてるのかしら」  ぶつくさと、いかにも根に持ちそうなしゃべり方の女性だ。  「おはようございます」  「あら?」  こちらを見ると、女性は途端に笑顔になる。  「おはようございます。ここのアパートの人?」  「はい、隣に住んでいる三上です」  「ああ、ええ、昨日妹さんが来たわよね」  多分、鍵を取りに来たときのことを言っているのだろう。  「すごく可愛くて驚いちゃった。いいわね、こっちの子は髪が黒くて素直な感じ」  ……こっち、ね。  その言い方に微かなひっかかりを覚えたが、個人的な意見なので聞き流す。  可愛い、というのも聞き流す。  下手につっこむと後が怖い。  「どこか余所からいらしたんですか?」  「ええ。東京って分かる?」  天井を見上げる。  なにか、ひっかかってひっかかって、そのまま大切なモノが落ちてこなかった気がした。  「……ええ、あいにく名前だけしか」  「でも、妹さん、あんなにお淑やかで器量よしなんですもの。お兄さんとしても嬉しいでしょ?」  街の話題には興味がなかったらしく、女性はすぐに話を戻す。  「器量よし?」  「わざわざ、そばを作ってきてくれたのよ」  「あぁ」  だから昨日の夕食はそばだったのか。  「その節はご迷惑をおかけしました。これからも迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」  「こちらこそ」  にこにこと、本当に嬉しそうに笑っている。  「礼儀正しいのね。ほんと、うちの子にも見習わせたいわ」  しみじみと言うと、思わず笑ってしまう。  「じゃあ、すみません。そろそろ行かなきゃいけないので」  「あら、どこに行くの?」  地域性まるだしの女性に、僕は軽く微笑みかけた。  「ちょっと先輩の家庭教師に」    駅前に自転車を止めて腕時計を確認する。  待ち合わせよりも少し早かったが、それでも10分前。  「……早いな」  バス亭の椅子に腰掛けている道夫先生は、サングラスをしてじっ、としている。  知人の目からしてもあやしい。  ……あ、警官に声をかけられた。  今朝かかってきた突然の電話で、道夫先生が僕にだけ話があると呼び出したのだ。  ただの話なら、美術講の教室でも良かったはずだ。  
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