好きです

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 「へっくしゅん!」  降り注ぐ夏の太陽の下、盛大なくしゃみが飛び出した。  「誰かに噂されたの?」  「いえ……風邪かもしれません」  一般的には全く逆の言葉を交わしながら、鼻の下をこする。  「昨日、頭を冷やしすぎたな……。  「あはは。だから泊まってけばよかったのに」  「誘ってます?」  「ばか!」  僕がにっこりと笑うと、頬を真っ赤に染めながら先輩が帽子を正す。  彼女は少し大股になって僕の前を歩き出した。  「怒りました?」  「ちょっと……」  絵を描くまでに機嫌直して下さい」  「ぅ……あはは、もうずるいんだから。なんでそう憎めないの?」  先輩は振り返り、とびきりの笑顔を見せてくれる。  「でもね、本当に、朝起きて君が隣に寝ていてくれたらな、って思った。  「それは無理ですよ」  「どうして!?」  はっ、と先輩が振り向く。  スカートが遅れてひるがえった。  なにをしても絵になる人だ。  彼女の横に立ちながら僕は呟く。  「……だって、ラジオ体操があるんです」  ラジオ体操?」  「えぇ。近所の小学生とラジオ体操やってるんです。僕と妹が当番で」  大きく手をあげて、のびのびと手足をうごかす。  「やりますラジオ体操? 夏の朝は気持ちいいし、スタンプとお菓子がもらえますよ」  「とても素敵な申し出だけど、ごめんなさい。わたしの夏休み語辞典には早起きって言葉がないの」  先輩はノーリアクションで返答した。    僕の秘密の草原には、あいかわらず人気がない。  恐らく人気もないのだろう。  なぜだろう?  昨日から頭がおかしくなったのか、やけに思考が働く。  自棄だろうか?  今までは、見たモノを、みたままにしか感じなかったのに。  はだに感じる空気が違う。  風ってこんなにおもかったっけ?  雨上がりで、むっ、とした熱気が世界を覆っている。  今までは、いちいち外から見たイメージを意識しながら動かしていた手足や表情が、勝手に崩れる。  先輩に心配させまいと隠していたが、指には包帯が巻いてあった。  朝食の最中に、キャベツと一緒に指をきったのだ。  妹にまで笑われて、その後心配されたほどだ。  ――指を舐められたことも隠しておこう。  無駄な思考に頭を乱されながら、絵を描く準備を進めていると、先輩が帰ってきた。     
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