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「いい? 絵も文章も、本当は自分の考えたテーマを伝えることだけが真実じゃないの」
「……」
「自分の好きなことをカイテ、喜んでくれる人もいるし、つまらないって人もいる」
彼女の手が僕の頬に添えられている。
どうして、こんなに愛しいのだろう。
「でも――」
「でもも、へちまも、朝顔もないの!」
帽子が風にとばされたのにも気付かず、彼女は真剣な表情で僕を見据える。
「それでいいの。完璧な物なんてこの世にはないんだから……自分の気持ち以外は」
先輩は大きく深呼吸して――。
ニコリと微笑んだ。
「わたしは、さっきの歌がやさしい。
だから好き。
君が好き。
大好き。
それだけ。
だから君に楽しく絵を描いて欲しいの」
ゆっくりと言葉が染みこむ。
「好きにやりなさい。喜ばれると嬉しい。嫌われるのは痛い。どっちでもいいから精一杯やって、胸を張りなさい。絵の批評は画家がするんじゃなくて、評論家がするの。いい? この草花も、空だって、人にこうしてああしろって言われたから綺麗な色してるんじゃないんだよ。向こうだってだってあなたの事を考えてるわけじゃないんだから、逆にあなたの考えた理想を絵にしなさい」
立て続けに語って、彼女は経ちあがった。
「想いだけは必ず届くから」
膝に手をついて、先輩が僕を見下ろす。
「だから、ね? 本当にはじめようよ。君の夏休みを」
支離破裂な帰結。
僕は思わず相好を崩して頭を振った。
この人に理屈で勝てるわけないじゃないか。
「僕は――」
その時、強い海風が一陣吹いて、声がかき消された。
その強い風の中でも、スカートをはためかせて、先輩はまっすぐに僕を見ている。
「僕は……」
もう一度繰り返そうとして。
止めた。
頭で考えた言葉は酷くつまらない。
「……僕は、自分の気持ちがまだ分かりません。でも、遅くなったけど、先輩のことは好きみたいです」
「あはははは。 やった! 好きって言わせたー!」
自分に素直な先輩は、大喜びして僕に飛びついてきた。
視界が真っ青に染まる中で、大きな馬鹿笑いだけが草原に響きわたった。
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