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「あれ、今日は早いんだね?」
薄暗い部屋の中で、椅子に座った先輩が振り向いた。
布のかかったキャンバスを前にしているが、絵を描いている様子もないので、クーラーのある部屋で涼んでいただけか。
「……いや、昼食を食堂で食べようと思ったんですけど」
足でドアをしめて肩をすくめる。
思ったんですけど、すみません、ここに入る前に見事に通り過ぎてます。
思いっきり意図的に。
「あー、もったいない。ウチで食べてきなよ」
先輩が椅子の背に寄りかかって小さく俯く。
食事を頂けるのは予想どおりなのに、先輩の元気になさが怖い。
随分と気だるげだが、なんだろう?
てこてこ、と部屋の中心に進む。
何か霞みに包まれている。
出来の悪い彼岸のようだ。
隅に積まれた習作の画布の山を横目に、自分の椅子を引き寄せる。
「どうしたんです、電気も点けないで」
「それっぽいから」
椅子の上で足を抱えて、子供みたいに僕を見上げる。
「なにが?」
「お弔い」
「え? あぁ……お母さんの命日ですね」
明後日――28日は母親の命日だ。
翳みの正体は線香か。
「あれから8年」
言葉にしてんも、まだまだ僕らの年齢では重みがない。
その軽い空気に誘われたのか、先輩も顔を上げる。
「そうか……君と出会ってから8年経ったんだ。あっ、と言う間だったね」
「あっ、と言う間ってカップラーメンにお湯を注ぐ暇もありませんんね」
「……」
「……」
「お昼、君だけカップラーメンだね~」
にこー、と笑われる。
「い、いや――」
「とんこつとー、醤油とー、味噌とー、塩味の中から、好きなの選んでいいよ♪」
絞首台の前の階段でも数えるように、指折られる。
「いや、どれも同じですってば……」
「そう?」
くすくすと笑って、先輩が立ち上がる。
「おすすねは醤油さんだよ。もれなく味のりがついてきま~す」
「ОK。負けました」
苦笑いして肩をすくめる。
「らしくなってきましたね」
「そう?」
僕の横で中学生のフォークダンスのようにクルリと回って、先輩が扉に歩み寄る。
「じゃ、材料買ってくるから1時間くらい部屋でまってて、美味しいラーメンお届けするから」
やけに時間対効果の高いラーメンだ。
「……期待してます」
背を向けたまま手を振る。
――バタン
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