冬虫夏草

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 いない。  「……しかも暑い」  汗がでる前に室内に退散する。  コーヒーメーカーの電源を入れて、先にカップを用意した。  自分の分だけでいいので、ミルクも砂糖もいらない。  なかなかお湯が沸かなかった。  「はぁ……」  結局、コーヒーが出来るのすら待てずに、キャンバスの前に戻ってきてしまった。  見れば絶対に後悔する。  予測というより確信。  カップを指にひっかけたまま、ぐるぐると絵の周囲を回るが、布がかかっているのだから見えるわけもない。  まさしく神秘のベールに包まれている。  布に触れるが、2度ほど手が離れた。  物を開くのを躊躇したのは、これで4回目だ。  1回目は、米を炊いたまま修学旅行に行ってしまい、1週間放置してしまった炊飯器。  2回目は、風をひいて寝込んだ妹のパジャマを着替えさせなくてはならなかった時。  3回目は、妹ではない女の子の時。  ちなみに、通知表を開くのを躊躇したことはない。  思考が支離滅裂だ。  これ以上恥ずかしいことを思いだすのも嫌なので、投げやり気味に布をとりはずす。  「?」  何でもない。  ごく普通の絵だった。  筆の微妙なタッチから、道夫先生の絵だと分かる。  水彩絵の具で描かれたひまわり畑。  それだけの絵だった。  カップをひっかけた指で頬をかく。  冬虫夏草とか、お弔いとか先輩が行っていたので気にしすぎたのだろう。  多分、彼女がおかしかったのは、嫌いなひまわりの絵を目にしたからか。  「ふむ」  先生の絵でも、そう新しい物ではなさそうだ。  ざっ、と描かれているところを見ると、過去の習作なのだろう。  布をかけ直してコーヒーをとりに行く。  先生の絵にしたはインパクトに欠け――。  「……?」  なにかが引っかかった。  カップを置いて、早足にキャンバスの前に戻る。  ひまわり畑。  どこかで見た風景。  突然この世を去った両親。  壊された秘密基地。  虫取り網。  白い帽子。  暑い夏の日。  蝉。  蝉。  蝉の鳴き声。  女の子の泣き声。  『一緒に絵を描きに行こう!』  忘れていた記憶がフラッシュバックする。  「8年前だ。」  この絵が描かれたのは8年前だ。  再び布をはぎ取り、数歩後ずさる。  
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