冬虫夏草

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 「このバス、どこまで行きます?」  「隣村までだけど……」  車の中から、話かけられる。  「地球の反対側まで行けないですかね」  「穴でも掘ってみたらどう?」  「マントル層にぶつかりますよ」  「どうして、そこだけ理性的かなぁ……」  聞き分けのない人だ。  「今、何時です?」  「発車時刻を3分過ぎてるんだけど……」  ポケットから懐中時計をとりだして見る。  「4時過ぎ」  「時計持ってるじゃんか……」  僕の友達は少し口が悪い。  そこがまた人間くさくて良いヤツだ。  「ネジを巻き損ねたんです」  「ぜんまい式なの、時計? それじゃあくるってるんじゃない」  「いえ、まだ狂ってません」  「そうなの」  「ええ、多分まだ平気です。自分じゃ分からないんですけど」  「は?」  「……君、暇なの?」  「とっても忙しいですよ」  「あはは……面白い子だな」  運転手さんは首を傾げて、誰もいないバスを見返る。  「これ往復したら仕事終わるんだけど、一緒にお酒でも飲もうか?」  「? 僕、未成年ですよ?」  今度はこちらが首を傾げた。  運転手さんは、ハンドルにのせた手に頬をのせて、艶やかに微笑む。  「だって君、可愛いじゃん」  「……そろそろ恋人の所に行きます」  「そう、気をつけてね」  美人の運転手さんは、職業に不釣り合いな長い髪を払ってバスの扉を閉めた。  見事な大人の采配である。    そっ、と自分の肩幅だけ扉を開けた。  女の子の部屋の匂いがする。  それに混じって、食べ損ねた料理の匂いも。  「あれ?」  先輩が泣き疲れて寝ているかと思ったが、部屋はもぬけの空だった。  どうでもいい思考が最近増えているが、蛻という漢字が書けることは、僕の自慢の一つだった。  ……やはりネジが切れかかっている気がする。  枕と教科書と、消しゴムとぬいぐるみが辺りに散乱していた。  壊れない物に限定した当たり方を見る限り、そこまで心配はなさそうだ。  本棚を見て、スケッチブックがないことを確かめる。  「どこいったんだろう?」  先輩が落ち込む場所なんて分からない。  そもそも、出現パターンもなければ、落ち込んだ姿すら見たことが――。  「……いや、二度目か」  それこそ、先程思いだした8年前の夏の記憶だ。  彼女はひまわりの前で泣いていた。  
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